Friday 5 February 2010

5.ラダッキソングとホテルカリフォルニア

「昼までにノンストップでカルシまで行くぞ。」
 ジミーはそう言うと左手でカーステのMP3を早送りして、自分のお気に入りの曲を探している。カルシとは、レーを西にインダス川下流へ向かった時の最初のチェックポストがある村で、それを通過して分岐を右に行くとダー・ハヌー方面、左に行くとラマユルを通ってカルギルに抜ける事ができる。このチェックポストはインナーラインパーミットを見せるだけで簡単に通過できる。
「トイレ休憩はしてくれよな」
 僕は横目でサスポル村を眺めながらそう言い返す。
「もちろん」
 ジミーは”これこれ”といいながら、お気に入りを探し当て、ハンドルをパーカッションの代わりにすると曲に合わせてリズムを取り始める。ジミーのお気に入りのラダッキソングだ。曲自体はラダックのトラディッショナルな調子を受け継いでいるが、アレンジはシンセサイザー全盛期の80年代後半の洋楽のそれだった。ボーカルの女の子は、半ばやさしい裏声で愛について歌い上げている。ラダック的コケティッシュな表現方法と言うべきか。妙にかわいいのだが、僕のつぼは見事に外している。でもラダックではだれでも知っている曲なのだ。

ruin

インダス川の背中にちょこんと、
座っているサスポル村。
緑と白と空の青。
古いチョルテン、砂礫の楼閣。
川を渡ると太陽の村アルチ。
まっすぐまっすぐ行くと知らない国へいけるかな。


 ジミーはラダッキソングを曲に合わせて口ずさみ始めた。そのジミーの様子を見て、僕も気分は良かったので、ラダックの言語を脳内で瞬時にカタカナ言葉に変換して、後に続いて歌い始めた。それからジミーはポケットから溢れんばかりのドライフルーツを取り出して食べ始める。僕も少しそれを分けてもらった。ジミーは車を止めて道を行き交う人々にドライフルーツを振る舞った。相当ご機嫌なようだ。ある家族は最初はとまどっていたが、あまりの熱意に負けてドライフルーツ受け取る事にしたようだ。

Family

ジミーが言う。
ドライフルーツを貰っておくれ。
道の途中の行き交う人々が言う。
なぜ?
ジミーが言う。
どうしてもだ。
道の途中の行き交う人々が言う。
なぜ?
ジミーが言う。
今日はとても気分がいいんだ。
道の途中の行き交う人々が言う。
それならおくれ。
私たちもあんたみたいにハッピーになりたいからね。


「ホンジョ。なんだっけ、あれ。」
「あれって?」
「ほらホンジョが好きな曲。去年、車の中でかけてただろう。名前忘れちまったよ。」

 去年の9月。今のようにタタ社の四輪駆動車ではなく、フロントガラスの上の方にフレンドという文字のステッカーが貼ってある、小さな小さなポンコツなバンだった。スピーカーの調子が悪くて、よく音が聞こえなくなった。かかとで斜め上から20パーセントの力で蹴飛ばすとスピーカーは目を覚ました。かかる曲は、ラダッキソング、ラダッキソング、ラダッキソング、ラダッキソング、ラダッキソング・・・だった。いい加減に僕があきてきたところに聞き覚えがある曲が。
「あっ。」
 軽い驚きの声をあげた。ホテルカリフォルニアが車中に流れる。好きというわけではないのだが、ラダッキソングの山の中から一つだけアメリカの曲が掘り出されたので、それでほんの少し驚いたのだ。観客の歓声の中でそのイントロが始まった。その声は枯れていたので、たぶん再結成後の録音だろう。音質は非常に悪かった。ブートの録音の音源が流れに流れてどういうわけか、ジミーの手元に渡ったのだろう。

「ホテルカリフォルニア。」
 僕が思い出したように答える。
「その曲ってだれの曲だっけ?アメリカの人?」
「グレン・フライ、ドン・ヘンリーが中心となって1970年代にカリフォルニアで結成されたバンド。名前はイーグルス。」
「ふーん・・・。」

 ジミーが小指をたてた。トイレ休憩のサインだ。ラルドで休憩を取る。目の前に広がるインダス川は雄大だった。

Jimmy and car

タタ社製sumo。
2200cc。
タフな車。
タイヤは購入した時のままの溝なしボロ。
でもどんな悪路でも走ってくれる。
雨の中。雪の中。川の中。泥の中。
時にはリビング。
時には食堂。
時には安ホテル。
きっと空も飛んでみせるかもしれない。
ジミーが言う。
いつかこの車で日本に行くという。
海を渡って・・。


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