Sunday 14 February 2010

14.クッカルツェ村

 僕ら4人はサンジェルンマ沿いを車で走っている。前方に村があり、たくさんの人々がいるのが見えた。ラジーが言う。
「あれは、クッカルツェ村。」
「どんな字書くの?」
 僕が尋ねると、ラジーがノートにスラスラと書き始める。
”KURKARCHA”
 横から違うわよ、とラジーの友達。
”KUKARTSE”
 と書く。現地の発音を英語に当て字をしているので、まだ正確な表示がないらしい。たとえばチクタン村の英語表記ではCHIKTANやCHIGTANやCIKTANなど、いろいろあるのだ。日本で言うと外国人の名前を日本語に無理矢理当て字をしてるようなものなのだ。そんな話をしているとラジーがクッカルツェ村の中で友達を見つけたので、手を振っている。車を止めるとラジーたちは車から出て立ち話をはじめる。僕とジミーも車から降りて、村を散策していると一人の老人に話かけられた。
「日本人かね。」
「はい、そうです。」
 僕がそう言うと、老人は嬉しそうな顔をして言う。
「私は仏教徒だ。」
「えっ?もう一度いいですか?」
「私は仏教徒だ。すぐそこに私の家があるので遊びにこないか?」
 その方をみると、タルチョが掲げてある家があった。聞いてみるとチクタンエリア唯一のブッディストらしい。僕は正直驚いた。完全なムスリムのエリアの中にブッディストが住んでいる事に。

Chiktan village

老人の家の台所。
他のラダッキハウス同様、調度品は先祖代々受け継がれていく。


Chiktan village

光が差し込む老人の家の窓。
僕たちは老人よりグルグル茶を頂く。


Chiktan village

このベッドには老人の人生が詰まっている。
老人はここに一人で住んでいるのだ。


Chiktan village

老人の家の屋根より、
クッカルツェ・マスジドを望む。
驚く事に老人の家の目の前にマスジドがある。


 僕らは老人の家を出ると、老女と子供たちが寄って来た。
「アサラーマ・レーコン」
 と声をかけると
「レーコン・アサラーム」
 と返ってくる。

Chiktan village

山羊の毛皮の服を引っ掛けている老女。
その温和な表情に彼女の人格が現れている。


Chiktan village

老女と子供たち。
みんないい笑顔をしている。


 僕らが車に帰ると、ラジーが友達二人をサムラ村まで送ってほしいとジミーに頼み込む。ジミーは承諾して、僕ら6人はクッカルツェ村を後にした。

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