Friday 19 February 2010

19.バタリクの向こうの世界

 僕らはバタリク村に向けて走り出す。”でもちょっとまてよ”という嫌な予感に僕は包まれていた。と言うのもチェックポストを順調に通過できすぎていて、悪い予感がびんびんと体中を駆け巡り黄信号がずっと点滅していたのだ。その時ジミーが口を開いた。
「なぁ、ホンジョ。なんかあまりにもすんなりと行きすぎてると思わないか?俺は嫌な感じがするんだ。このままだと次のチェックポストは通れない気がする。で、考えたのだけど、次のチェックポストで俺たちは現地の人のふりをする。ホンジョはカルギル出身のモンゴリアン顔のイスラム教徒だ。チェックポストでは何一つしゃべっちゃいけねぇ。んー、それだけでは弱いなぁ。ここらへんで労働者を数人拾って、より現地の車らしく演出する。なぁ、どうだろう?」
 僕は数秒うなって考えていたが、せっかくここまで来て通過できないのはもったいないと思い、
「よし、わかった。すべてジミーにまかせる。僕はチェックポストではカルギルのカシミリアンだ。」
 僕らは道行く労働者に声をかけて、カルギルへ行く予定の人はいないか募った。二人ほど見繕って後ろの席に乗せた。僕らも顔を土で汚して労働者風を装う。

 バタリクのインド軍チェックポストが見えて来た。僕は停車したタタ製4輪駆動車sumoの助手席のシートに深くうずくまり、目の前に広がる真っ白い雪を頂いたカラコラム山脈をぼんやりと眺めながら、この非現実的な現実に身を委ねていた。チェックポストにいた軍人がライフルを手に持って車に近づき、運転席の窓に首を突っ込む。そしてその大きく冷たい深淵な目からの絶望の淵を矛先でゆっくりなぞるような視線で車の中にいる僕を突き刺す。僕はぼさぼさの髪の毛を右手で掻きながら黒く汚れた顔を軍人に向けて、にっこりとかつ注意深く笑う。運転席のジミーが軍人に言った。
「だんな。こいつはカルギル出身のモンゴリアン顔のムスリムだ。今からここを通ってカルギルに向かわなくちゃいけねぇ。俺たちぁ昨日亡くなった友人の葬儀に出席するんだ。こんな所で足止めをくらっちまうと葬儀が終わっちまわーな。」
軍人は僕の顔を見続けている。僕は汚れたズボンのポケットから左手でビスケットをひと掴み取り出し、右手でその一片をつまみ上げ、口に運びながら小さな声で呟く。
「ビスミル ラ イル ラマネー ラヒム」
そして静かにそれをを口に含んだ。
「行け」
軍人はあごをしゃくり上げながらそう言った。それからチェックポストのクローズドバーをくぐり抜け、僕らはバタリク村に入っていった。

Batalik village

バタリク村。
この村の歴史は紛争の歴史。
1947年以降、インドとパキスタンとの間で
ずっと揺れ動いていた村。
ずっと外国人立ち入り禁止だった、
デリーケートな村。
そして今、この村は開かれようとしているのだ。


 渓谷に広がるバタリク村を通過して山道をどんどん登っていく。いくつものつづら折りの道を行くと、目の前に緑を抱いてる村が見えて来た。僕たちは車を止めてトイレ休憩をする。

Tselmo village

ツェルモ村。
この村も1999年のカルギル紛争で、
砲弾が降り注いだ村だ。
山の向こう側はもうパキスタンなのだ。
村のてっぺんにはツェルモ・マスジドが村を見守っている。


 村の中を車で進んで行く。縦に長い村だ。山の斜面をなめるように
家々が続いている。

Tselmo village

ツェルモ村。
村の一番奥の上の方。
マスジドが立っている。
マスジドの数は村人の平和への願いの数と
比例している気がした。


 僕らはどんどん上に登っていく。峠をこえて向こう側に出ると一面土色の世界が広がっていた。
その土色の世界をおおきくグラインドするように道はカーブを描いて、山の中腹を長いエッジの跡を刻んでいる。その大いなる道を進んでいくと右手に村が見えて来た。

Lalong village

ラロン村。
この村もカルギル紛争で、
砲弾が雨あられと降り注いだ村だ。
こんな小さな村も時代の狭間でもがき苦しんでいたのだ。


 僕は同乗していた労働者からこの地区の事を聞いた。1947年のインド・パキスタン戦争でインドはバタリク村、ラロン村、ツェルモ村、ダルツェク村、シャルツェ村を手に入れた。1999年のカルギル紛争で、インドはパング・マウンテンを手に入れたという話を聞く。

Lalong village

ラロン村。
高台から望む。
雪をかぶっている、
カラコラム山脈の向こうはもうパキスタンだ。


 土色の山をどんどん登っていく。つづら折りの道は天まで続くかと思いきや、峠を越えると下り始めた。どんどんどんどん下っていく。途中でバイクのツーリストに追い抜かれる。標高が低くなると徐々に緑が増え始める。そして村が目の前に広がる。

South village

ソウス村。
上から望む。
杏の花が咲いている。
緑が輝いている。


South village

ソウス村。
よこから望む。


South village

ソウス村。
下から望む。


 ソウス村は高標高から低標高まで縦に長く、その村は上からバルツェ地区、アプテイ地区、トマル地区、アッシャマル地区に分かれている。僕らはソウス村を通過してすぐに目の前に広がるカルギルを見て息をのんだ。

Kargil town

美しい街カルギル。
山脈をバックに川に沿って肥沃な土地に
広がっている。


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