2010年2月28日日曜日

28.チクタン村の朝

 アザーンの声で僕とジミーは目を覚ました。ラジーの家の真裏にマスジドがあるので、アザーンの声もいっそう大きいのだ。アザーンの声とともに起きる朝は神秘的で、ムスリムを近くに感じる事が出来る貴重な体験だった。山岳地帯の朝は氷点下。この部屋の窓は薄い紙が貼ってあるだけなので、ちょっぴり寒かった。

Chiktan village

ラジーの部屋。
窓には薄い紙が貼ってある。
そこから朝の光が紙を通して差し込む。
幻想的な朝だ。


Chiktan village

ラジーの部屋。
青く塗られている。
その青が部屋のイメージに絶妙に
溶け込んで、素晴らしい雰囲気を醸し出している。
壁にはバカンスのたくさんの写真。


 僕は朝のチクタン村を軽く散歩する。チクタン川まで歩いていく。ラジーの家からチクタン川までは、ものの一分で行ける。朝の誰もいないチクタン川。そこで聞こえるのはアザーンの声と鳥の声だけだ。空気は冷たいが体が洗われるようでそれも気持ちが良いのだ。

Chiktan village

朝のチクタン川。

 朝の洗顔は部屋の外の洗い場で始まる。僕は洗い場の前に座り込み、ケトルの水で頭と顔と肘から手先までを濡らす。そして固形石鹸を手と顔と頭に塗っていき泡立たせる。固形石鹸を細かい円を描くようにし、十分泡立ったらケトルの水で洗い流していく。鼻の穴にも水を入れていき、思いっきり手鼻で鼻をかむと同時に、顔の泡も洗い流す。頭と顔と肘から手先までが十分きれいに洗い流せたら、タオルで水を拭き取る。

Chiktan village

洗い場。
外の二階部分にある洗い場。
家族が順番にここで洗顔を行う。


洗顔が終わったら食事の準備が始まる。二階のリビングの床に朝食が並べられる。僕は”ビスミル ラ イル ラマネー ラヒム”と唱えて朝食を食べ始める。日本で言うところの”いただきます”だ。

Chiktan village

チャパティ。
スクランブルエッグ。
クッキー。
ミルクティ。


 僕とジミーは朝食を食べ終え、チクタンエリアの村々を回る事にした。

Chiktan village

ラジーの家の一階部分。

2010年2月27日土曜日

27.チクタン村再び

 僕たちはギャル村を後にして、ナミカ・ラの峠を越える。そんなに厳しい峠ではないけれど、標高は3700メートル以上あって峠頂付近はかなり寒い。なんとか峠を越える。カングラル・チェックポストが見えてきた。詰め所は簡易テントで設営されているだけだった。僕らはテントに入って行き、軍人にパーミットのコピーを渡す。チェックポストもパーミットを持っていると簡単に通過できる。この前サンジャクのチェックポストを通過した時とは大違いだ。なによりも、何も考えなくてもいい、なにも心配しなくてもいい、というだけで心身は快適だった。目の前に二股の道がある。まっすぐ行くとレー方面へ、クローズドバーを左に入って行くとチクタン村に出る。僕らは左方向に舵をとり、チクタン村に急ぐ。なぜ急いでいるかというと日がすっかり沈んでしまったからだ。サンジェルンマの渓流に沿って車を走らせ、数多くの村々を通過して、チクタン城も通り過ぎる。そしてしばらく真っすぐ進み、橋が見えてきたのでそこを左折する。やっとチクタン村に到着した。車を村の入り口に止めて、チクタン川に沿って歩いて行く。僕たちはラジーの家に向かっている。

Chiktan village

夜のラジーの家。
ぽつんとライトが点いている。
そのほの暗い明かりは、
この世界を照らすのにはちょうど良い光だ。
そしてラジーの家に着いた時は
周りはすっかり暗くなっていた。


 ラジーの家族の歓迎を受け、僕らはリビングに通された。

Chiktan village

キッチン。
昔ながらのキッチン。
薄暗い光に中、
さっそく夕食の準備に取りかかる。


 外でチクタンブレッドを作る。炭の中にパンを入れて30分ほどで出来上がる。炭をどかすと中からおいしそうなパンが出てきた。僕たちは、ぐるぐる茶とチクタンブレッドを食す。

Chiktan village

チクタンブレッド。
炭をかき分けて、
顔を出す。
焼き芋のようなチクタンブレッド。
炭の中から取り出す。
焼き芋のような甘い、
いいにおいが立ちこめる。


 キッチンの方ではバトゥーを料理している。鍋を煮込んで行く。みんなで手分けしながら作るのだ。そうしているうちにバトゥーもできあがる。

Chiktan village

ベジタリアン・バトゥー。
正式名称、ゴビ・スパグ。
味はピリ辛で、とてもおいしい。
バトゥーにもいろんな種類がある。
野菜、マトン、チキン、その他いろいろ。
その組み合わせは数百にのぼるという。
味も全て違うのだ。


 みんなで夕食を食べる。最初は男性から食べ始める。そして食事も半分ほど進んだ頃に女性たちを呼びに行くのだ。これも細かい戒律らしい。男性が最初に食事、それから女性が食べ始めるのだ。現在のメンバーは僕とジミー、ラジーのお父さん、お母さん、ラジーの友人そしてラジーだ。みんなで楽しく食べ始める。

Chiktan village

夕食の様子。
テレビとかラジオとかそんなものはないけれど、
食事を重ねる度に家族との絆は深まって行く。
日常の当たり前の光景なのだ。


 僕らは食事を終えると寝室に案内された。ラジーが使っている部屋を貸してくれるという。大きさは八畳ほどの広さで、大人二人が十分眠れる広さだった。部屋の壁にはたくさんの旅行写真やムスリムの指導者の絵が貼ってあり、その下にはメッカの写真があった。僕らはブランケットに潜り込むと一気に深い眠りに落ちた。グッドナイト。

2010年2月26日金曜日

26.ムルベクとギャル

 僕らは車を走らせる。広い渓谷の中、ムルベク村が見えてきた。

Mulbek village

ムルベク村。
仏教徒の村だが、
ムスリムもたくさん住んでいる。


 ムルベク村の中を走る。左手の岩山の上にムルベク・ゴンパが見えてくる。

Mulbek village

ムルベク・ゴンパ。
日の光を浴びて、
岩山の上に佇んでいる。


 すぐその先にチョルテンが見えてくる。

Mulbek village

チョルテン。
古いチョルテンの横に新しいチョルテンがずらりと並ぶ。


 ムルベク達磨仏で小休止。観光客であふれている。達磨仏の前の茶屋はお客でいっぱいだ。

Mulbek village

ムルベク達磨仏。
ムルベク・チャンバの向こうに、
ムルベク達磨仏を仰ぎ見る。


 ムルベク村を後にしてしばらく車を走らせる。僕らはメイン道路をそれて、右の小道に入って行く。しばらく車を走らせる。ギャル村が見えてくる。その先にギャル・マスジドが建っていた。

Gal village

ギャル・マスジド。
仏教徒が多い村に、ぽつんとマスジドが建っている。


 またしばらく車を走らせる。岩の中に埋め込まれたギャル・ラカンが見えてきた。このあたりをしばらく散策する。ムルベク達磨仏は観光客が多かったけれど、ここには一人もいない。僕にはここの方が面白かった。

Gal village

ギャル・ラカン。
岩の中から顔を出しているラカン。
ラカンの周りは迷路の中に家々が
所狭しと広がっている。


 子供が路地から自転車に乗って飛び出してくる。その後ろからラマ僧が僕らに声をかける。一言二言、言葉を交わして僕らは車に乗り込む。僕らはギャル・マスジドまでもどり、ここの近くにジミーの友達が住んでいると言う。マスジドのすぐ近くの家を尋ねたが友達はいなかった。かわりにお母さんが出てきて家の中に僕らを通してくれた。夕方近くになっていたが、そこで僕らは遅い昼食を頂いてから、チクタン村に向かった。

Gal village

友達の家。友達はいなかった。

Gal village

お母さんがぐるぐる茶を作っている横で、
にわとりが、せわしなく遊んでいる。


Gal village

ぐるぐる茶とチクタンブレッド。

2010年2月25日木曜日

25.パーミットの取得

 僕たちはカルギルに戻ると、ディストリクト・オフィスの前に車を止めた。僕が車を降りようとした時、ジミーが言った。
「ここは俺一人で行かせてくれ。」
 僕は静かにうなずいた。
 車の中でジミーを待つ。道行く人々。クラクション。スカーフを頭に巻いた女性。学校が終わって、家に戻る子供たちの集団。店の前でティーを飲んでいる店主。そして青い空。車の窓から僕はぼんやりと眺めている。なんかいいなぁと思う。そうしているうちにジミーが戻ってきた。頭をうなだれている。ジミーがゆっくり口を開いた。
「ダメだった。」
 僕は半分覚悟を決めていたので、
「そうか、ここまでやったんだから、もういいさ。ジミーありがと。」
 そう言うとジミーが突然、僕にヘッドロックをかけてきた。その行動に混乱したのも束の間、僕の鼻先に一枚の紙がひらり。僕はそれを鼻先から引きはがして読み上げる。
『以下のツーリストは二日間(二泊三日)シャカール・チクタンエリアに入境することを許可する』
 文字が輝いていた。僕はそれを見てジミーと抱き合って喜んだ。カルギルのマーケットの中、僕たちはこぶしを振り上げて雄叫びをあげていた。道行く人々がみんな歩を止めて僕らを見ている。中には拍手をしてくれた人もいた。そして僕が神に感謝した事は言うまでもない。

ILP for chiktan

シャカール・チクタンエリアの幻のパーミット。

 カルギルのポリス・ステーションとインド軍アーミー基地にパーミットのコピーを提出してから、僕らはあわただしく出発した。チクタン村に向かうのだ。僕らは鼻歌を歌いながら車を走らせる。行き交う車と人々全てに”アサラーマレーコン”と挨拶を投げかけながら、ご機嫌な気分で走らせる。一時間ほど走るとパスキュン村が見えてきた。

Paskyum village

パスキュン村。

 僕らはパスキュン村のマスジドでトイレ休憩をした。

Paskyum masjid

青空の下。
パスキュン・マスジドが威風堂々と建っている。


 僕らはパスキュン村を後にして先を急ぐ。しばらく進むとロッツェン村が見えてくる。

Lotsun village

ロッツェン村。

Lotsun village

ロッツェン村。
古く大きな家。


Lotsun village woman

ロッツェン村。
井戸端会議中の女性。


Lotsun village old man

ロッツェン村。
老人。


 僕らはロッツェン村を後にして先を急いだ。

2010年2月24日水曜日

24.スル谷

 僕らはバルー村を通ってスル谷へ向かう事にした。空も青く気持ちよかったので、窓を全開にして快適な風を感じながら、車を走らせる。スル谷の道は気持ちいいほど、まっすぐ一直線にのびている。しばらく行くとマンギ村に着いた。

Manji village

マンギ村。
小さくて静かで美しい村。
この家は庭に牛を飼っていた。


 マンギ村を後にして、車を走らせる。僕たちは左手にスル川を見ながら、しばらく走った。グランタン村に到着した。この村もすごく美しい村だった。僕は村の中を散策する事にした。村の青年が村の中を案内してくれると言う。僕は青年の後に続いた。古いマスジドが大きな木の横に横たわっていた。

Garamthang masjid

今は使われていないマスジド。
役目がおわり隠居生活に入っている。
彼は木陰で静かに眠っていた。


 しばらく行くとグランタン・マスジドが建っていた。緑の庭を目の前にして、太陽に照らされて、その美しいマスジドは建っていた。

Garamthang masjid

グランタン・マスジド。
太陽の光の中、その白い帽子をかぶったマスジドは
そよ風に吹かれて、気持ち良さそうに建っている。
村人の願いも希望も一心に受け、今日も輝いているのだ。


 グランタン村の景色がいいところまで連れて行ってもらう。空と山と農地のコントラストが最高だった。

Garamthang village

家の後ろに迫り来る山。

Garamthang village

山をバックに杏の花が咲き誇っている。

Garamthang youngmen

今回村を案内してくれた青年たち。
この村を本当に誇りにおもっていた。
村を美しいと褒めると、
彼らはすごく嬉しそうな顔をした。


 グランタン村を後にして車を進める。しばらく行くと大きなプロジェクトが進められている場所にでた。”H.C.C チュトゥク プロジェクト”山脈に長く大きなトンネルを掘ってカルギルまで水道を通すプロジェクトだ。

H.C.C. chutok project

H.C.C チュトゥク プロジェクト。
山岳地帯の村々にとって、水は命なのだ。


 僕らはここらへんでUターンする事にした。この道の向こうはまだ峠が雪で埋もれていけないザンスカールがある。今年は6月に峠が開くという事だ。

Suru valley

この道の先にはザンスカールがある。

Chubuk village

カルギルに戻る途中。
右手にチュブク村が見える。
緑が山の上まで続いている、
峠の向こうに村がある。
もちろん車ではいけない。


 

2010年2月23日火曜日

23.アラウンド・ザ・カルギル

 次の日、僕らはスピーカーから流れるアザーンの声で目を覚ました。ウォッシュルームで体を洗うとすぐに、ホテルをチェックアウトして、僕らは朝食を食べに行く。メインバザール近くの適当な店を探して入ることにした。僕らが決めたのは”スウィート・ショップ・アンド・レストラン”と看板がかかっている入り口を青緑色にペイントしてある小さな店だった。

Kargil morning

ブレークファスト・ショップ。
メインバザール近くにある小さな店がたくさん集まっている小路。
行き交う人が多く朝のあわただしいカルギルの日常。


 僕はミルクティーにカシミールパンを頼んだ。ジミーはぐるぐる茶とミルフィーユ仕立てのパンを頼む。それとお互いに目玉焼き。ジミーが目玉焼きの黄身をつぶして、出て来た中身にパンをつけて食べている。そして口を開く。
「食べ終わったら、昨日俺たちが作ったパーミットのサンプルを持ってディストリクト・オフィスに行こう。」
 僕はカシミールパンに少しかぶりつく。美味い。ちょっと意外だったのでもう一度、今度は大きくかぶりついた。咀嚼するとまたかぶりついた。ミルクティ-を飲みながら、またかぶりつく。そして僕も口を開いた。
「パーミット意地でもとりたいよ。なんとか役人を説得できないかなぁ。」
 ジミーがミルフィーユ仕立てのパンをもう一つ追加注文する。そして言った。
「やるだけやってみるしかないさ。俺は神を信じる。」
 僕も続いてカシミールパンを頼んだ。
「そうだな。もしパーミット取得に成功したら、僕も神に感謝するよ。」

Kargil morning

カシミールパン
ミルフィーユ仕立てのパン。
ミルクティー。
ぐるぐる茶。
目玉焼き。


 僕らは朝食を食べ終わるとディストリクト・オフィスに向かった。眼鏡を鼻の上にかけた役人は、僕らが渡したサンプルのパーミットを見ると一言。
「昼過ぎにもう一度来てくれ。これは預かっておく。今は忙しいんだ。」
 僕らは体よく追い返されたような気がした。オフィスの外に出てるとジミーが大きく伸びをして言った。
「昼過ぎにまた説得しよう。やるだけやるしかないさ。」
「だんだん心配になってきたよ。」
 そう僕が言うとジミーは
「大丈夫さ。心配ない。なんとかなるって。」
 そう言って僕を励ましてくれる。

 僕らはカルギルの周りの村々を散策する事にした。最初にカルギルのバックサイドにあるプエン村に行く。

Puen village

プエン村。
後ろの山々が美しい。


 それからカルギルの中心地から車で五分の隣の村バルー村に向かう。村内で道を尋ねながらバルー・マスジドに行く。緩やかな斜面の道を車で登っていくとそれは見えてきた。たいへん美しかった。山をバックに村を見下ろすその姿は繊細でいて、堂々としていた。

Baroo masjid

バルー・マスジド。
正式名、バルー・カンカ。
山と青空をバックにそびえ立つその姿は、
本当に美しかった。


Baroo masjid

石垣の入り口から望み見るバルー・カンカ。
時間と空間がゆっくりとおだやかに流れ作られている。
そして僕は何かに包まれている気がした。


 ジミーがバルー・カンカの中に入っていく。僕も後に続く。ジミーは礼拝堂の奥に入りお祈りを始める。僕は入り口近くに座ってその様子をぼんやり眺めていた。ジミーはシーア派だ。シーア派とスンニ派はお祈りの方法が違っている。スンニ派は体の前で手を重ねるが、シーア派は重ねないなど、細かいところでいろいろ違う。
 ジミーは”アラーフアクバル”と唱えながら両手を耳の後ろに持っていく。大きく腰を折ってお辞儀をして、また両手を耳の後ろに持っていく。そして両膝ひざまづき、両手を地面について、そのまま頭を下げてお辞儀をする。頭をあげて、それからもう一度お辞儀をする。立ち上がり、両手のひらを上に向ける。そしてお辞儀をする。両手を下げてまたひざまずいて、お辞儀をする。
 僕はその様子をぼんやり眺めている。

Baroo masjid

バルー・カンカの礼拝堂。
広くて、色彩豊かで、美しい。
ジミーがお祈りをしている。


 僕らはバルー・カンカの礼拝堂をでると外で子供が遊んでいた。

Baroo child


2010年2月22日月曜日

22.ホテルにて

 サダは長距離バスの仕事が入ったらしく、くしゃくしゃの笑顔でまた会おうと言うと、行ってしまった。僕とジミーは本日宿泊するホテルを探しまわる。メインマーケットそばスルリバー近くのクラウンホテルに泊まる事にした。ホテルの部屋は広くて窓も大きく、奇麗だったので僕たちは満足した。なんといっても一番満足したのは、広いウォッシュルームが付いていた事だ。僕たちは明日の朝、体を洗う事にした。
 「明日の朝、ボーイがバケツにお湯をいれて持って来てくれるってさ。」
 ジミーがベッドに向かって大きくジャンプをして、枕に顔をうずめて言った。安ホテルなのでもちろんお湯のシャワーなんてものは付いていない。僕は納得して、
「お湯のおかわりってできるの?」
 と聞く。
「もちろん」
 とジミーは答え、寝息が聞こえたかと思うと、うつぶせのまま眠ってしまった。

hotel at Kargil

クラウン・ホテル。
カルギルのメインバザールから奥まったところにあり、
従業員も親切で、気に入った。


hotel at Kargil

ベッドルーム。
ベッドは清潔。
木窓の向こうはウォッシュルーム。


 僕はある事を思い出した。
 チクタン村を出発する時、キッチンでラジーが僕とジミーのために料理を作って、それをタッパウェアに入れ、持たせてくれた。僕はバックパックの中を注意深く探ってそれを出した。四角く透明なタッパウェアだ。ふたを開けみる。バトゥライスが入っていた。匂いをかいでみる。”大丈夫。痛んでない”僕はホテルのキッチンをかりて、念のため料理に火を通す事にした。フライパンに油を引いて、料理を炒め始めた。マサラと一緒に炒めたので、カレーチャーハンのようになってしまった。ジミーが眠たそうな目をこすりながら、キッチンに入って来た。僕はできたての料理を皿に小分けしてジミーに出す。キッチンに置いてあった玉ねぎをみじん切りにして、それも塩を付けて生で食べる。

hotel at Kargil

ホテルのキッチン。
 料理を食べ終わるとジミーが
「おもしろい部屋があるから、そっちの部屋に行こうぜ」
 と僕を誘った。

hotel at Kargil

祈りの部屋。

 ホテルの一番奥の部屋に入っていった。その部屋の中には宿泊客、従業員がおのおのお祈りをしていた。僕はその様子を部屋の後ろで眺めている。みんな何かを唱えながら立ったり座ったり、手を耳の後ろに当てたり顔を覆ったり、僕はその一連の動きを注意深く見ていた。みんなお祈りが終わると、それからは語り合う時間が始まった。僕はみんなに自己紹介をする。”日本から来ました”と、みんなは歓迎してくれた。そうしているうちに、ぐるぐる茶、クッキー、ケーキ、ドライフルーツが出て来た。
 僕は聞く。
「イスラム教徒にはどうやってなるのですか?」
 素朴な質問をする。宿泊客の一人が答える。
「まず両親の片方がイスラム教徒ならその子供もイスラム教徒。」
 ジミーが口を挟む。
「それとイスラム教への改宗は、割礼をしなければならない。教徒の前で、お尻の穴から鼻の穴まで、聖水できれいに洗う。」
「マジで?」
 僕は思わず声を上げる。するとまわりから笑い声が沸き上がった。宿泊客の一人が言う。
「今、彼が言ったのは冗談さ。本当は”ラー・イラーハ・イラーッラー”と言えばいいのさ。意味はアラーの他に神はなし。」
「それだけ?」
「あともう一つ。”ムハンマダン・アブドフ・ワ・ラスールフ”を唱える。意味はムハンマドはアッラーの使徒である。」
 僕はあまりにも簡単なので、正直驚いた。他にもいろんな話を聞いた。アブラハムやモーゼ、イエスも予言者であり、ムハンマドは最後の予言者で彼の啓示で宗教が完成した事など、簡単な概略の説明を受けた。彼らがわかりやすく噛み砕いて話してくれたので、話は面白く興味深いものばかりになった。

 宴も今宵の月が雲に隠れ始めた頃に終わり、僕とジミーは部屋に戻って、モードを爆睡に切り替えて眠りに落ちた。

2010年2月21日日曜日

21.遠ざかるパーミット

 僕たちは喪失感をかかえて、カルギルメインストリート裏に広がるヨーク・チョス・ダス地区を歩いていた。

Kargil town

カルギルのヨーク・チョス・ダス地区。
山の斜面に古い家が広がる。


 僕は道ばたの石を蹴りながら言う。
「やっぱり、だめだったなぁ。」
 サダが家の軒下に生えている草を引きちぎりながら言う。
「そういえばチクタンエリアは、宿泊している観光客を見た事ないもんな。宿泊施設なんかないし。やっぱり宿泊のパーミットはとれないんじゃないかなぁ。」
 ジミーが手に持った小枝を振って言う。
「またパーミットなしでチクタンエリアに入って、夕方になったらサンジャク村チェックポストまで戻って、そこで泊まって、次の朝またチクタンエリアに向かう事を繰り返せばいいんじゃない?」
 僕はまた小石を蹴り、
「それは疲れるなぁ」
 と言うと、サダが
「あっ、前例がないって言ってたよな。書類の作り方がわからないんじゃないか?僕らでサンプル作って”こんな感じでお願いします”とかダメかなぁ。」
 ジミーが
「おっ、それいいね。やろう、やろう。」
 と言う。僕はそんなにいい方法だとは思わなかったが、これもお国柄の違いと考えて同調する事にした。

Kargil town

カルギルのヨーク・チョス・ダス地区。
メインマーケットの真裏に広がるダイナミックな景色。
カルギルと言えばこの風景。
山を越えるスリナガルロードが見える。


 僕らは座り込み、ああでもないこうでもないと一枚の紙をかこんで論争した。
「この文言入れた方がよくない?」
 とか
「これはくどいな。」
 とか
「これ、ぽくない。」
 とか
「これ、本当に持ってくの?」
 僕は心配になって尋ねると、二人は僕の方を見て、おおきくうなずいた。とにかくなんとか僕たちはサンプルのパーミット書類を作り上げた。

Kargil town

手作りのサンプルパーミット書類。
本当にこんなんでいいのだろうか?


 僕らはこれを明日にもう一度ディストリクト・オフィスに持っていく事にした。一仕事終わったのでカルギルのヨーク・チョス・ダス地区をゆっくり歩き出す。

Kargil town

古い家の向こうに雪をかぶっている山が見える。

Kargil town

カルギルのヨーク・チョス・ダス地区。
マーケット裏の閑静な村々。


Kargil town

スルリバーの向こうにも
カルギルエリアの小さな村が見える。


Related Posts Plugin for WordPress, Blogger...