2014年7月21日月曜日

26.スクルブチャン・ゴンパ。

アチナタン村出身のダンマ・フレンドの計らいで、僕はスクルブチャン・ゴンパに行くことになった。オンボロバスはレーの街を出発するとレー・スリナガル・ハイウェイをひたすら走る。途中の分岐点でハイウェイは橋を渡るとラマユル方面へ、橋を渡らずにインダス川沿いに進むとダー・ハヌー方面に出る。バスは橋を渡らずにダー・ハヌー方面へ行く途中にあるスクルブチャン・ゴンパに向かう。左側にインダス川を見ながら徐々に標高を下げていく。インダス川沿いの狭い土地の緑に覆われている場所はすべて村である。ドンカルからスクルブチャン、アチナタン、サンジャク、ダー・ハヌー、ガルクンなどのこのエリアは、あと一月半もすれば果汁をたっぷり含んだオレンジ色の実で木々は被われ、村の中は熟したアンズの甘い香りに包まれる。そうなると晩夏と初秋はアンズ狩りの季節になる。今の時期、今年はどこの村にアンズ狩りに行こうかとワクワクしているラダッキたちがたくさんいるし、僕もその一人だ。



さてそうこうしているうちにバスはスクルブチャン村に到着する。スクルブチャン村で民泊予定のご家庭で少し休憩する。その時出された食べ物がツァンパとラッシーで、特に注目したいのがそのラッシーで、刻まれた野菜が入っているのだが、これがベトナムでフォーなどに付け合わせでついてくるパクチーと呼ばれるものと同じ香りと味なのである。この香草はザンスカールのカルシャ村で民泊した時、モクモクの中にもぎっしりと入っていたのをよく覚えていて、僕はラダックのこのパクチーのような香草はすごく好きなので、これを今度は細麺のほうのトゥクパに入れたらもっとおいしくなるのではないかと思ってみたりする。




休憩を終えた僕はこの家の裏側の山肌にぎっしりとしがみつくように建っているスクルブチャン・ゴンパに登る事にする。このゴンパの麓には一つ大きなマニ車があり、まずは手始めにそこを時計回りに一周する。そして再び山の斜面の小道を登る。見上げると頭上にはゴンパ群が見え、その白い肌が空の碧によく映えている。建物の周りをくねるようにして走る小道を行き、なんとかゴンパにたどり着く。


ゴンパの屋上はちょっとした広場になっていて、眼下にはスクルブチャン村が広がっており、それは濃く青く繁る緑に囲まれて、その向こう側にある谷をインダス川が悠々と流れているのが見える。また右手を見てみると、岩山に段々状に白い建物のスクルブチャン・パレスが見える。

さてゴンパ内を拝見してみる。ゴンパ内は今ちょうど改装工事中で、壁には絵師が絵付けをしているところに出くわす。壁の真っ白いキャンパスにとても美しく繊細な仏画の下絵が描かれており、そこに色を落としてゆくのだが、色の濃淡で表現してゆくその技法には”ほぉ”と関心するしかなかった。筆使いはとても滑らかで、リズムよく、しかしとても精緻にそのキャンパスと戦っている絵師の姿は、静寂の中、洞窟で瞑想し、自己と戦っている僧侶と重なる。このヴァジラヤーナの壁画や彫刻はとても特殊でここインドではこのラダックという世界で通用する技で、僕が知る限りではチョグラムサルにあるセントラル・インスティトゥート・オブ・ブッディスト・スタディーズでヴァジラヤーナ・スタイルの画と彫刻も教えていて、この絵師もそこの学校出身ではないかと想像してみる。またこの学校にモンクが通う姿はよく見られるが、もちろん一般の人々もここで学ぶ事ができ、ラダックのデザインを取り入れた近代的な校舎や宿舎が並ぶとても広い学校で、もし興味がある方はちょっと覗いてみるのも面白いかもしれない。またスクルブチャン・ゴンパの中の像は改装中ながら、古い像が置いてあり、顔の上に複数の顔を持ち、千の手を持つその像は、改装し終えるのを今か今かと待ちわびていた。



スクルブチャン・ゴンパを後にして、村内を少し歩いてみる。村内にはスクルブチャン・ゴンパからスクルブチャン・パレスをつなぐ遊歩道が、円弧を描くように通っており、その内円側が小麦畑になっている。遊歩道の脇には数件の小さな店が並んでいて、その小さなマーケットの周りが村の中心であり、憩いの場となっており、老人たちや奥様方が井戸端会議をして、そのまわりで子供たちが跳び跳ねて遊んでいる。その遊歩道の脇には清流が流れていて、とても透明で陽にきらきらと輝いているさまは、飲料水としていつでも使えそうな様子である。スクルブチャン村は古い村なのだが、平地になっているところには、比較的新しい家が多いのは、2010年にラダックで大規模な洪水があり、スクルブチャン村もその被害は間逃れず、平たいところにあった建物はみんな流されてしまったからだ。そして現在はそんな洪水があった事など微塵も感じさせない村になっている。


しばらくその円弧の道を歩き、頭上を見上げてみると岩山の頂きに白亜のスクルブチャン・パレスが建っているのが見える。その岩山に作られている参道を登ってゆく。それはつづら折りの階段で作られていて、岩山自体が急な斜面なので、その階段もかなり急ではあるが、足場はかなり状態が良いので登りやすくはなっている。階段の途中で振り返ると、美しいスクルブチャン村の全貌が見えてくるが、頂上からの景色はもっともっと美しいに違いないと思い、その場は我慢して通りすぎる。さっそく頂上にたどり着くと、振り返って見てみる。絶景とはこういう風景の事を言うんだなと感じる。鳥の目から見たスクルブチャン村の右手には遥かかなたのヒマラヤの山々を抜けてきたインダス川が曲がりくねりながら大地を深く掘りつつ、村の脇を通って悠々と流れてゆく。彼方はなめし革色をした山々と荒野だが、途中より荒野は濃く深い緑に変わり、緑はこちらまで続いていて、それは人の手が作った芸術だということが分かる。そして左手には岩山の崖の深いところにゴンパ群が、ほぼ垂直に近いところをその下から上までぎっしりと埋めていて、ゴンパ群の下にはスクルブチャンの古い村が広がっており、ここはこんな岩肌にある絶景のゴンパをザンスカールまでいかずとも、レーから近いここスクルブチャン村で見る事ができるという貴重な場所でもある。僕自信の意見だがここから近いところにあるラマユル・ゴンパよりは、スクルブチャンは圧倒的に美しいゴンパと村だと思うので是非足を伸ばして頂きたいと思う。そして今から書くことは、途中で出会った日本人のカメラマンから頂いた情報なのだが、ノーブル・サイレンスが終わった頃の二月中旬から下旬あたりに、ここスクルブチャン村から五体倒置をしながら、二週間ほどかけてラマユルまで行くというとても神聖な行事がある。僕も来年あたりに行ってみようかと思う。




そして岩山の山頂で振り返ると、そこには味噌ダレをかぶったみたいな、おおきな真っ白い田楽のような建物が、ヒマラヤの山に溶け込むように建っていて、そのスクルブチャン・パレスという名の峠の茶屋にいるのは、僕一人だけであった。







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