Monday 21 July 2014

23.ザンスカールのドルジェゾン・ゴンパとパドゥムの王宮。

谷を挟んで東側がカルシャ・ゴンパ、西側がドルジェゾン・ゴンパになり、このドルジェゾン・ゴンパというのは、ナン・ゴンパ(尼僧のゴンパ)のことで、僕たちはそこに向かう。カルシャ・ゴンパの裏手に回り込み、西へ続く小道を少し入っていくと、すぐに谷が見えてくる。谷はザンスカールでは中規模の大きさで、かといって浅い訳ではなく、そこにはヒマラヤの山から運ばれてきた清流が横たわっている。対岸のドルジェゾン・ゴンパは山の中腹にあり、そこに向かって山のすそのからつづら折りの道が続いている。僕たちはまずカルシャ・ゴンパ側の山から谷へ降りなければならない。こちら側から谷に続く道もつづら折りで、道幅はとても狭く、足を滑らすといとも簡単に渓谷と仲良くなれそうだ。そんな事にはならないように慎重に僕らは降りてゆく。僕らが降りると谷に待っていたのは陽の光がきらきらと輝き反射する清流で、それに触れるとひんやりと冷たく、水辺はとても澄んでいて、中にはヒマラヤの山々から運ばれてきた小石が横たわっている。その石をどけると沢蟹が数匹飛び出してきそうなそんな気配もする。






そして対岸登りのつづら折りの道である。つづら折りのその道を登りながら東側の山麓にへばりつくカルシャ・ゴンパを眺めると、それは真横からの光景であり、崖っぷちの危険なところにドミノの牌を下から上まで並べたように見え、上からろうそくを消すように息を吹き込むと順番に崩れていきそうでもあり、しかしその不安定な姿にとてつもない美を感じてしまい、背景に広がるパドゥムの原野はこの瞬間脇役になってしまっている事に気づく。そして僕たちは再びこのつづら折りの道を登ってゆく。どのくらい歩いただろうか。見上げるとドルジェゾン・ゴンパがすぐ目の前にあった。いつしかゴンパ内の小道を歩いており、小さいゴンパだがとても静かで美しい場所にあり、カルシャ・ゴンパを左に見ながら、パドゥム原野を見ることができるので、カルシャ・ゴンパから見るパドゥム原野の眺めよりも美しく感じた。




このドルジェゾン・ゴンパにはタンチョス僧侶のお母さんがおり、ここで尼僧をしている。僕たちはそのお母さんの部屋にお邪魔をした。部屋はカルシャ・ゴンパのモンクの部屋よりも新しく、しっかりした作りをしており、広さは六畳ほどで、そのお母さんは小さな尼僧さんと同居をしていた。この部屋からのパドゥム原野の眺めを見て思うことは、世界で選りすぐりの別荘がヒマラヤの一番いいところに建っているそんな感じがした。僕たちが座ると、しばらくしてモクモクがでてきた。餃子よりかなり分厚い皮に、刻んだ野菜がたっぷり入っており、よく蒸されている。ほかほかのモクモクはとても美味しく、それには油も肉も使われておらず、日本で出されるとおやつにもならなかもしれない食べ物だが、僕の長いラダックの滞在で舌のベクトルがかなり変化して、僕にとっては日本で食べる餃子よりはずっとうまい気がした。そしてその後にマサラ味ではない、インスタント・ラーメンが出てきてとても懐かしい感じがした。それにも刻んだ野菜が入っていて、とてもうまかったのを覚えている。その後ドルジェゾン・ゴンパの本堂へ通される。とても小さく味がある古い本堂で、中心には三メートルほどの高さの金色の像が立っており、像の顔の上に何層もつらなる顔がのっかっていた。もちろんその像は仏陀の像ではなく、ヒンドゥー教やボン教の影響が強く感じられた。




僕たちはこのドルジェゾン・ゴンパを後にして、つづら折りの道を降りてゆく。山を降りるとカルシャの村が広がっていて、畑はあとひとつきもすれば実りの季節が来て、村は青く光だしそうである。空を見上げると天の中心に鮮やかな真ん丸な虹が架かっており、その虹に捕らえられた太陽は行き場を失った虫のようで、今日来る夜はあるのかないのかが心配になるほどだった。そして明日から三日間続くこのザンスカール・パドゥムでのダライ・ラマのティーチングにとってのとてもよい兆しにも思えた。



さて僕とスナフキンさんとタンチョス僧侶の三人は、パドゥムの町に戻り、タンチョス僧侶はそこから明日の準備のため別行動、僕ら二人はパドゥムの旧市街にある王宮をめざすこととした。僕たちはパドゥムのメイン・バザールを通りすぎ、そして第二のシャターがほぼ閉まっているバザールを通り抜け、右手にモスクを見ながら、さらに進むと今度は第三のシャッターがすべて閉まっているバザールが見えてくるので、ついでにそれも通過すると、いつしかパドゥムの旧市街地に入る。旧市街はあたりまえだが古い建物が多く、そして廃墟のほうが多いのではないかと思われたが、そんな崩れた家にも夜になると灯りが点るので、人がしっかり住んでいると分かるのだが、同時に廃墟の定義がもうろうとしてくるのである。大きな古いチョルテンも多いが、モスクがすぐ近くにあるので、住んでいるのはイスラム教徒が多いようだ。そして僕らは王宮のある丘につけられた階段を登ってゆく。大きなチョルテンをくぐり抜ける時に見上げるとそのチョルテンの股の部分に曼陀羅が描かれているのが分かる。階段をゆっくり登ってゆく。そうしているうちに王宮にたどり着くのだが、王宮自体は何度も修復されているようで見た目には新しく見え、それほど感慨はにじんで来なかったが、この丘から見える景色はなかなかおつなものである。言うまでもなくパドゥムの平原はとても美しい。そしてこの王宮の裏には、丘の左手から流れてきた川が、丘の麓でバウンドするように角度を変え、正面に見える大きな谷の奥に消えてゆく。この遥か彼方はプクタル・ゴンパである。ちょっとしたいい散歩になったので僕らは王宮のあるこの丘を降りることとした。





僕が部屋に戻るとすっかり日は暮れていて、このザンスカール・パドゥムの夜空には、はんなりとオレンジ色の網がかかったような天の川と満天の星が見えた。これも明日から始まる三日間に渡るダライ・ラマのティーチングに向けてのいい兆候だと思った。




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