Wednesday 16 July 2014

20.ザンスカールのゾンクル・ゴンパとスキャガン・ゴンパ。

僕とノルブ兄はゾンクル・ゴンパのあるトクタ村まで、トラックの荷台に揺られながら走っている。この時点で肝心のノルブ本人から連絡があり、チリン村からストクまでのトレッキング・ガイドの仕事が入ってしまい、今回はザンスカールまで来れないということだ。僕は少し頼りないがお兄さんと行動を共にすることとなった。いつしかトクタ村に到着し、僕らはトラックを降り、そのあたりを一望してみる。ほんの少し丸みを帯びた大地に高山植物が群生しており、そのところどころから白い岩が顔を覗かせる様は、スイス・アルプスを連想させとても美しい。小さなお坊さんたちは僕らの先を歩いており、またノルブ兄はトラックの揺れで酔いがさらにまわっているようで、その足取りはかなり危なっかしいが、山を熟知しているので、酔拳の達人のようにそう簡単には転びそうもない。川の対岸に見える村も広い千畳敷の大地に広がり、ビー玉を置くところころと転がりそうな形状は、手で撫で上げるととても気持ち良さそうだ。また高地の爽やかな緑と紺碧の空には小さなお坊さんたちの深紅の衣がよく映えとても眩しかった。





途中の家で僕とノルブ兄は休憩を取る。その家では焼きたてのチャパティとミルクティーをごちそうになったが、なぜかノルブ兄は片手に杯になみなみと注がれたチャンを持っている。他のラダックの村々のようにバター茶でもてなすことは少なく、ザンスカールの男たちの間ではいつもチャンが出てくるし、バター茶よりもチャンがよく振る舞われるのは、標高がとても高いところの雪解けの水が、渓谷、滝、湧き水、山菜の葉から滴る露、などいたるところにあり、そして水がきゅっとひきしまってうまい水があるところには、うまい酒があるというきっとあの論理である。



さて僕らはその家を後にして先に進む。しばらくは渓谷を左に見つつ進んでゆく。渓谷の両側の山の斜面は急で、その斜面に爪で引っ掻いたような細い細いルートが作られており、千鳥足のノルブ兄にはとても困難な野道に思われたが、彼は足の爪先を昆虫の触覚のように使い、足探りでルートを探してゆくその様は、すでに携わっているザンスカールで生きてゆくため野生の本能のようで、へべれけになりながらも転落する気配はまったく感じられない。悪路は続き、そしていつしか突然終わる。目の前に突如とても大きなすり鉢状の渓谷が現れ、谷の底は揺りかごのように静かで優しく、そこには青い空に浮かぶ雲に向かい口笛を吹いているような美しい高山植物たちが気持ちよさげに寝そべっており、その中に真っ白い岩々がごま塩のように点在しているのが見える。しばらく天国に真鍮の鉤を引っ掻けて空から引きずり下ろしたような光景の中を歩いてゆく。





さてその天国の門の右岸に白い衣を着込んだマッチ箱のような小箱がいくつも山肌に張り付いているのが見えてくる。ゾンクル・ゴンパだ。トクタ村を出発して2、3時間は歩いただろうか、雲の上を歩いているような浮遊感が続いたせいか、疲れはまったく感じられない。この神聖な谷にあるこの美しきゴンパは、僕たちを天国に誘おうか、地獄に封じ込めようかを問う審問寺で、その中で閻魔大王が過去帳を繰っていそうな雰囲気でもある。僕たちは敬虔な気持ちと共にゴンパに進んでゆく。ゴンパの入り口で一人の若い僧侶が迎えてくれた。彼はノルブの年下の兄弟であるという。ということはノルブ兄の兄弟でもあるわけだ。その僧侶の名前はログザン・タンチョスといい、ふっくらして穏和そうな風貌を備えていてとても優しそうに見えた。しかしタンチョス僧侶はノルブ兄に御説教をしている。日本人をつれてたどり着いたのはいいが、当の本人はへべれけでありながらとても幸せそうで、”タハ”と言いながらついには眠り込んでしまった。そんな状況もあって、ここから先のザンスカールへのエスコートはノルブ兄に代わって、このタンチョス僧侶が行う事となった。




ゾンクル・ゴンパは岩肌のケーブ状になっているところに作られていて、建物の背の部分はすべて岩である。そこの一番大きな建物は白亜のマナストリーで、僕がそこに入るとタンチョス僧侶がこのゴンパについて説明してくれた。このマナストリーはインドではとても有名なヨギなる人物が作ったという事で、マナストリーの中のケーブに描かれた壁画はザンパ・ドルジェによって300年前に描かれたものだと言われている。そしてこのケーブ自体はマナストリーが作られるずっと以前、もしくは仏教がこの地に伝わるずっと以前の、少なくとも2000年前には修行者たちが使っていたとされている。マナストリーの中のケーブには色鮮やかな像が大小と並んでいて、暗いほこらは華やかに飾られいる。岩肌から滴り落ちる湧き水をためる水受け場もあり、水は下から運び込まなくても確保できるようになっていた。このマナストリーを出ると、もっと上の方に古い古いマナストリーがあるというので行ってみることにした。外に出て見上げると遥か上のあたりのへこんだ岩場に小さな小さなマナストリーがぶら下がっているのが見えた。僕たちは岩肌を削って作ったような細い階段を上ってゆく。その中は天井が低くとても薄暗く、そして建物も壁画もとても古そうだった。頭の岩場にはヨギと呼ばれるヨガの行者がつけたと言われている足跡がくっきり残っており、そこにはお賽銭のお金がたくさん貼られている。インド国内のみならず世界中のいたるところで様々な聖人と言われる人の足跡だとか、手型だとか、人型だとか、顔型だとか、神から天命を授かった場所の跡だとか、聖人が天から降臨した跡だとか、突然岩に裂け目ができて聖人が歩いた跡だとか、様々な形で岩にあかしが刻み込まれているが、世界中の聖人たちはどれもとても岩がお好きだったように思われる。そこのある小さなケーブを覗いてみるととても古そうな壁画が刻まれており、これが300年前にザンパ・ドルジェなる人物が描いたものかという感慨に耽っていた。








僕とタンチョス僧侶はゾンクル・ゴンパを跡にすると天国の道を歩いてトクタ村まで引き返し、車をヒッチハイクして次なるゴンパがあるスキャガン村に向かう。村に着いた時はすでに日が暮れようとしていた。この村にあるスキャガン・ゴンパは尼僧の寺院であり、彼女たちは修道院のような集団生活を送っている。スキャガン集落の上の方の山の斜面につくられた尼僧ゴンパ(ナンゴンパ)からのザンスカールの渓谷の眺めはとても広大で美しく、このような場所で修行をすると心も広くいられるなと思う。ザンスカールには8つのゴンパと8つのナンゴンパの合計16ものゴンパがある。僕は尼僧ゴンパ(ナンゴンパ)はカトリック修道院のように厳格であり規律もとても厳しく男子禁制のように思っていたが実際はかなり違うようだ。タンチョス僧侶のお姉さんがここで尼僧をしている。小柄ながらとても朗らかで快活な性格の彼女が笑いながら言う。
「タンチョスは全然修行していないでしょ。食って寝てばかりだからこんなに大きくなるのよね。」
「僕がゾンクル・ゴンパに到着した時は、タンチョス僧侶は雪山の山頂で深い瞑想をしてましたよ。」
「あははは、うそうそ、私がゾンクル・ゴンパに行った時はタンチョスは必ず寝てる。」
こんな具合でお姉さんとの会話はヒップなジョークに染まる。また今日僕はこのナンゴンパの尼僧の小さな部屋をひとつ借り、そこで泊まる事とした。そしてこの僧院の中心にあるゴンパに向かう。ゴンパの中にはすでに先客がいて、ボブ・マリーのようなドレッド・ヘアーを持った人物がアコースティック・ギターをつま弾いていた。彼の名前はアダムと言いアメリカのコロラド州からここスキャガン・ゴンパに赴任してきた英語教師で、尼僧に英語を教えている。いつしか僕たちはお互いの紹介もそこそこにギターで語り合う。






ボブ・ディランの
Blow In The Wind
を彼が歌う。

How many roads must a man walk down
Before you call him a man ?
How many seas must a white dove sail
Before she sleeps in the sand?
Yes and how many times must the cannon balls fly
Before they're forever banned?

The answer my friend, is blowin' in the wind
The answer is blowin' in the wind

Yes and how many years can a mountain exist
Before it is washed to the sea?
Yes and how many years can some people exist
Before they're allowed to be free?
Yes and how many times can a man turn his head,
And pretend he just doesn't see?

The answer my friend, is blowin' in the wind
The answer is blowin' in the wind

How many times must a man look up
Before he can see the sky?
Yes and how many ears must one man have
Before he can hear people cry?
Yes and how many deaths will it take till he knows
That too many people have died?

The answer my friend, is blowin' in the wind
The answer is blowin' in the wind

ルイ・アームストロングの
What A Wonderful World
を僕が歌う。

I see trees of green, red roses too
I see them bloom, for me and you,                
And I think to myself, What a  wonderful world.

I see skies of blue and clouds of white,
The bright blessed day, the dark sacred night,
And I think to myself, what a wonderful world

The colors of the rainbow, so pretty in the sky
Are also on the faces of people goin' by
I see friends shaking hands, saying, "How do you do?"
They're really saying,  "I   love    you."   I hear

Babies cry, I watch them grow
They'll learn much more than I'll ever know,
And I think to myself what a wonderful world

Yes I think to myself, what a wonderful world.

ジョン・レノンの
Imagine
を二人で歌う。

Imagine there's no heaven
It's easy if you try
No hell below us
Above us only sky
Imagine all the people
Living for today   AH

Imagine there's no countries
It isn't hard to do
Nothing to kill or die for
And no religion too
Imagine all the people
Living life in peace  Ooh

You may say I'm a dreamer
But I'm not the only one
I hope some day you'll join us
And the world will be as one

Imagine no possessions
I wonder if you can
No need for greed or hunger
A brother hood of man
Imagine all the people
Sharing all the World  Oh

You may say I'm a dreamer
But I'm not the only one
I hope some day you'll join us
And the world will be as one

いつしかスキャガン・ゴンパの夜は暮れていった。







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