Thursday 18 March 2010

43.スリナガルの朝

 朝の5時、日の出前のハウスボートの中、僕は目を覚ます。クルスンたちが目覚めないようにジミーの体を揺らして静かに起こす。僕たちはまだ半分トロリとした意識の中で着替えをすます。そっとハウスボートを出ると、車に乗り込み、まだ眠っているスリナガルの中、僕たちはダル湖に向けて出発した。

「カルギルにパーミットを取るために滞在していた二日目の夕方だったかな。」
 僕はおもむろに口を開く。
「何かあったのか?」
 僕は話を続ける。
「マーケットの裏を散歩していたんだ。その時、空気を切り裂く音が聞こえたかと思うと、僕がいるところから500メートルほど離れたスル・リバーを挟んだ対岸で破裂音がして白い煙が上がったんだ。」
 ジミーは黙って僕の話を聞いている。
「僕は何かの間違いだと思った。そんなはずはないと思った。とっさにこの記憶を心の奥深くに封印したんだ。きっと頭がおかしい奴だと思われるのがその時は嫌だったんだね。」
 僕は続ける。
「僕はスリナガルの街を見て確信したんだ。あれは砲弾が山を越えて着弾したんだと。」
 ジミーは静かに話しだす。
「あれは、俺も見た。正直怖かった。ホンジョを怖がらせてはいけないと思って黙っていたんだ。あれはパキスタンから飛んできた紛れもない砲弾だった。」
 ジミーのふと見せたその悲しそうな表情は、いやな思い出を内包していた。

 僕たちはダル湖沿いを走っている。羊の集団が道路を横切っている。僕たちは羊が通り過ぎるのを待った。ダル湖沿いに車を止めると僕たちはそこに降りたった。
 朝日が昇り始めている。靄が朝日にやわらかく反射して、その中に浮かび上がったダル湖は素晴らしかった。このエリアに何があってもダル湖の景色は毎日変わらない姿を見せつける。そこに何か意味を見つけようとすると、たちまち浮かんでくる、ひとりよがりでわがままな哲学は、ダル湖の前で霧散した。ダル湖の朝は早い。水草を取っている小船がたくさん浮かんでいた。その上空には水鳥が円を描くように飛び始めた。まるでそれを合図にしたかのように、空気は輝きだし、ダル湖に今日も命が吹き込まれたようだった。

Dal Lake in morning

朝日に浮かび上がる水草を採る小舟。

 僕たちは小船に乗り込む事にした。水上マーケットの時間にはまだ少し早いようだったが、船上に商品を携えた小船がちらほら姿を見せ始める。僕たちを乗せた船が岸を離れた。ゆったりと進んでいる。水面と視線が近いのでまるで水面を歩いているような不思議な気分だ。僕たちは1時間ほどダル湖を周遊遊覧した。途中花売りの小船が近づいてきたり、水草を取ってる船を間近で観察できたり、色とりどりの美しいボートハウスを眺めたりして、僕らの遊覧は終わった。僕らが陸に上がると観光客も次第に増え始めた。観光客といってもほとんどインド国内からの人たちだ。外国人観光客はいなかった。でもダル湖周辺は次第に活気を帯び始める。太陽も完全に姿を現し、朝のスリナガルの喧騒の協奏曲が始まる。軍人たちは眠気まなこで銃を担ぎ、いつものように歩き始める。羊飼いは羊か散らばらないように気を配っている。アイスクリーム売りは湖沿いに店を出す準備をしている。学生たちは集団で登校を始める。今日もまた、そんなスリナガルの日常が始まるのだ。

Dal Lake in morning

花を運ぶ小舟。

Dal Lake in morning

優雅にダル湖を進んでいる。

 僕たちは車に乗り込むとチェシマシャイに向かう。チェシマシャイとは南東部に広がる公園でダル湖の名所にもなっているのだ。インド軍のチェックポストがある。公園に入るのに厳重な警備が体制がひかれている。チェックポストを抜けて、公園にたどり着く。公園の前の駐車場に車を止めて、入場料を支払ってチェシマシャイに入っていく。緑の山々をバックに立っている赤い壁に緑の屋根をした建物は、風景に溶け込んいた。緑の山々に囲まれて公園があると言うよりも、緑の中から建物がニョキニョキと生えてきて、それが公園のような形をしているという感じだ。正面の建物がある場所からは、昔から聖水が湧き出ており、その水脈を囲むように建物が建てられたのだ。この清水は公園の中を通って、ダル湖へ流れ出している。水に神秘性を保たせている文化は、日本とそっくりだった。僕たちは公園内を散策し終えるとチェシマシャイを後にした。

Chashma Shahi Spring

山々をバックにしているチェシマシャイ。

 僕たちはニシャット・ガーデンに向かう。ダル湖の東部に広がるここも美しく有名な公園なのだ。途中、ダル湖沿いに静かに佇んでいるアスターナ・マスジドに寄る。そこから望むチャルチナルの木をバックにダル湖に浮かぶ小舟は、神秘的で大変美しかった。

Dal Lake in morning

水草を採る小舟。

Masjid

ダル湖沿いのシーア派アスターナ・マスジド。

 ニシャット・ガーデンに到着するとダル湖沿いに車を止めて僕たちは公園に入っていった。シンメトリーに作られた公園は、朝日の中に浮かび上がり美しく、ダル湖と共鳴し合っているようだった。ここから望むダル湖も水面がきらきらと反射して美しく、まるで絵画のようだった。

Nishat Bagh

ダル湖沿いのニシャット・ガーデン。

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