Tuesday 16 March 2010

41.スリナガルという街

 スリナガルに近づいているようなのだが、なかなか見えてこない。迷ったような迷っていないような微妙な空気の中、車を走らせる。ジミーは途中途中で道行く人にダル湖はどこかと尋ねる。ダル湖というのはスリナガルにある有名な湖でハウスボートが無数に浮かんでいる大観光地なのだ。道行く人は決まって僕たちの進んでいる方向に指を指す。その指差し方がみんな一様に決まっていて、斜め左下から斜め右上に一気に腕を振り、やや上に向けて指差すのだ。その指を目で追うと、必ず天を指し示しているのだ。そうなのだ。スリナガルは神の街なのだ。
 途中で軍のチェックポストのまねをした、手作りのクローズドバーが降りている箇所が何カ所もあった。バーの手前で車を止めると、少年がお金を請求しにきた。お金を払わないと開けてくれないらしい。ジミーはレイバンのサングラスごしに少年をにらみつけると一言二言ドスの聞いた声で文句を言う。少年はジミーにびびったのか、ひもを引っ張ってクローズドバーを上げる。僕らは”なんなんだあのバーは狂ってる”とぶつぶつ言いながら車を進める。

 ようやくダル湖が見えてきた。ライフルを持った無数の軍人を横目に僕たちは滞在すべくハウスボートを探す。ジミーが以前新婚旅行で泊まった事があるハウスボードに向かう。ダル湖の裏に流れているジェラム川という川があり、そこにもたくさんのハウスボードが浮かんでいる。
 僕らはその川沿いの細い道に車で入っていく。行き止まりに車を止めて、ハウスボートにたどり着いた。そのハウスボートは二階建てで思っていたよりも大きかった。名前はカリマ・パレス。クラスはたぶんボロ船の部類に入るだろう。すでに二組の観光客と出稼ぎの人が宿泊していた。宿の主人は白髪でひげが立派な初老のカシミリアンだった。僕は日本から来たと自己紹介をする。老人は遠い目をして、”ヒロシマ、ナガサキ”と静かにつぶやくと、にっこりと微笑み、僕に握手を求めてきた。そしてその老人の孫だと思われる人物が、老人の後ろからひょっこり現れた。彼はカシミリアンスタイルの布きれを頭からすっぽりかぶり、陽気な笑みをたたえながら手を大きく広げ、
「カシミールを楽しんでくれ。」
 と言うと、僕たちを部屋に案内してくれた。僕たちは部屋に入る。部屋の大きさは12畳ほどの大きさでシャワールームもついていて、ベッドもでかいのが二つあり、五人が泊まるのには十分な広さだ。窓とカーテンを開け放すと向こう側には川風景が広がっている。ここちいい風が部屋に入り込み快適だった。

House boat in Jhelum river

ハウスボート。
名前はカリマ・パレス。
水上生活が始まる。
なんだかすごくワクワクする。


 僕たちは荷物を運び込むと今日の行動について話し合った。まずアクタルを病院に連れて行く、その後ラジーも病院に連れて行く。山岳地帯に住む人々にとって問題となるのが病院のことなのだ。大きな病院や名医がいないので、大都市に出てきた時にしか診察を受けれないのだ。アクタルは右半身麻痺ため、かかりつけの(といってもめったに来られないのだが)専門医に見てもらう。ラジーは昔からおなかの調子が良くはなく、せっかくスリナガルに出て来たので、大きな病院で見てもらうことにした。

Jhelum river

ハウスボートからの眺め。
小さなハウスボートがたくさん並んでいる。
川からの風は気持ちが良く。
初夏の緑は美しかった。


 昼も過ぎて僕らは腹が減ってきたので、まずはランチに出かける事にした。車でスリナガル市内を走る。デリー顔負けのクラクションの音と車の量と交通渋滞と存在しない交通ルールだ。車は隙間を求めて頭を突っ込んで来る。隙間があると突っ込んで来る。それの繰り返しで交差点付近の車は少しづつ進んでいるようなものだ。車の間を人がするりするりと通り抜けていく。交通整理をしているのはインド軍で、いてもいなくても同じように思えた。笛を吹いて手を右に左に適当に振っていた。僕らは田舎者なので交通渋滞にすぐ閉口して、幹線道路の脇に止めると車から降りた。すると向こうからおじさんが歩いてきて、駐車料金を払えと言う。ここは駐車場じゃないじゃないかと言い争いになる。このままでは、らちがあかないので払う。5ルピーだ。手書きの紙をおじさんから貰って車に貼る。僕らは歩道をマーケットに向かって歩き出す。僕はアクタルの左手をつないでいる。右手はラジーがつなぐ。歩道は危険なので転ばないように、でこぼこがあると僕とラジーはせいのーでアクタルを上に引き上げる。アクタルは空中にジャンプするような形になり、そのでこぼこを飛び越える。僕たちはマーケットの中を歩いている。
 
 おいしそうなレストランがあったので、そこに入っていく。レストランは満員だった。左のカウンター横のショーケースの中はスイーツがたくさん並んでいた。僕らは入り口付近のテーブルが空いたのでそこに座ってメニューを見る。ぼくには、ウルドゥー語はさっぱりわからなかった。ジミーにチョウメンがあるか尋ねると、あると言う答えが返ってきたので僕はそれにした。ほかのみんなも決まったみたいなのでオーダーする。しばらくして料理が出てきた。まー皿のでかい事。テーブルからはみ出るほどの料理が並ぶ。食べてみるとうまい。チョウメンはビネガー風味の焼きそばといった感じだ。

Chowmen

チョウメン。
焼きそばのカシミール版。
病み付きになりそうな味。
何なんだこの量は。
皿を持つ手が筋肉痛になりそう。
食い切れねー。


Dal food

クルスンが頼んだダル何とか。
一口食べさせてもらったが、
うまいこと、うまいこと。


 僕らは胃袋を満たしたので、まずはアクタルを診療所に連れて行く事にした。僕たちは車に乗り込むとすぐに出発した。市内を30分ほどあっちに行ったり、こっちに来たりしてうろうろしながら、診療所にたどりつく。診療所は雑居ビルの二階にあった。診療所の前に行くと張り紙がしてあり、今日は休診となっている。僕たちはあきらめてまた明日来る事にした。

 次はラジーを病院に連れて行く。ソーラー・ホスピタルという国立の大きな病院を探す。道行く人に病院を聞く。あっちだ。こっちだ。行ったり。来たり。スリナガル市内を一時間ほどうろついただろうか。ソーラー・ホスピタルが見えてきた。
 建物はすごく近代的で、すばらしい診療が受けられるかもしれないと期待が持てた。僕たちは駐車場に車を止めると、病院に入ろうとしたが、警備が厳重でゲートには患者が殺到している。ゲートで入れる人と入れない人の仕分けをしている。ラジーとクルスンとアクタルはオーケーが出てゲートの中に入る。僕とジミーはダメだと言われたのでもう一度列の一番後ろに並ぶ。今度はオーケーを貰ってゲートの中に入れた。なんなんだこの基準は、本当に適当な仕分けだった。
 ラジーは診察券を貰うために病院に入り、窓口に並ぼうと思ったが、患者が殺到している。まさに殺到という言葉がぴったりだ。喧噪と混沌と怒号が飛び交う窓口でなすすべがなくラジーは、おろおろ、うろうろ、玉砕している。ジミーが見ていられなくなったのか、窓口に殺到している患者をちぎっては投げ、ちぎっては投げ、をくりかえして、強引に列の先頭に躍り出たかと思うと、あっという間に診察券を奪う事に成功する。強面のハードボイルドは姿形だけでなく、本当に頼りになるのだ。
 ラジーはお腹の専門医の診察室はどこかとスタッフに尋ねる。みんな一様に一番大きな診察室を指差す。僕はラジーに付き添ってやる事にした。ラジーはその診察室に入っていく。その中を見て僕は大変驚いた。どのように表現していいのか。ばか広い部屋にベッドが一つ、二つ、たぶん50は並んでいる。一つのベッドに医者が一人付いていて、ベッドとベッドの間は人であふれており、怒号と泣き叫ぶ声が飛び交う。まさに野戦病院状態だ。僕たちは人ごみをかき分けながらお腹の専門医のベッドはどこかと尋ねる。端っこのベッドを紹介されたのでラジーと僕はそこに向かう。たぶん10人待ちぐらいだ。ぼくは隣のベッドに目をやると、爆弾で吹っ飛ばされたのか、上半身が大変な事になっている人がうめきながら、処置を受けていた。看護婦たちは医師の指示を受け迅速に手当をしている。僕はびっくりして見ていけないものを見てしまった気がしたので、すぐにこちらのベッドに目を移した。この部屋は重傷患者もそうでない患者もみんな一緒に診察され、処置を受ける。
 ラジーの順番が回ってきたようだ。ラジーはベッドの上に横になり、服の上からお腹を触診される。その時間わずか10秒足らず。医師はカルテに薬の名前をすらすら書くとそれをラジーに渡し、会計に行くように勧める。僕とラジーは顔を見合わせ驚いた。えっ?それだけ?僕たちは人の波を押し分け診察室の外にでると、外で待っていたジミーたちと合流した。会計をすまして、そそくさと病院の外に出る。”これだったらレーとかカルギルの小さな診療所の方がしっかり見てくれるよ”と僕がラジーに言うと、ラジーは苦笑いをした。

 僕たちは車に乗り込むとソーラー・ホスピタルを後にした。

Solar hospital

ソーラー・ホスピタル。
すごい病院だった。


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