Sunday 29 May 2011

34.クッカルツェ村の結婚式。



昨日はインドのテレビやラジオは本日来るであろう聖書に書かれてある終末について一日中放送していたが、一夜明けチクタンエリアの週末はありえないほどの幸福で包まれており、その中心のクッカルツェ村は朝より数多くの村からの来客で色めき立っていた。

 この村のチクタン城方向に小山がそびえていて、その小山の頂上を仰ぎ見ると一軒の家が建っており、気になるのでそこまで登ると家の周りに人だかりが出来ているので、不思議に思い聞いてみるとその家が花嫁の家だと分かった。

 その家の山頂付近に少し広くなっているところがあり、そこにも人だかりが出来ていたので分け入ってみると、炊き出ししながらできた料理をみんなに振る舞っていた。僕もそれをつまみつついろいろまた聞いてみると、花嫁は花婿の一団が来るまではこの家と少し下の方にある家を行ったり来たりしているという話だ。

ladakh


 
 場所が山頂で風も強いのにそれに拍車をかけて雪が降ってきた。どこか逃げ込む場所を探しても見つからなかったので、僕は少し下の方にある家の中に駆け込んだ。家の中から音楽が聞こえて来るのと熱気でこもっているその空気の暑さに驚いた。

 さらに奥に進んで行くと一つの部屋の入り口に人が溢れていたのでそれを押しのけてさらに入って行く。八畳程の部屋に人々々、ざっと数えてみると数十人は入っている。その中心には数人の女性が小さな輪を作り音楽に合わせてフォークダンスを踊っていた。

 フォークダンスの輪に女性が代わる代わる入っては出て行き、音楽も次々と違う曲が流れて行く。このフォークダンスはチクタン・フォークダンスと呼ばれる物でありこのエリア特有の踊りで、艶やかさに裏に喜怒哀楽全てが盛り込まれているようなその舞は、美しく、しなやかに、きらびやかに、時に大人の色気を感じさせる踊りだった。

 肝心の花嫁は部屋の縁のカーテンがある狭い奥に座っていて、顔はスカーフをもっと大きくしたような伝統的なデザインで作られている物で隠されており、ここからではその表情は伺いしれない。そして宴もたけなわ、まつりごとの興奮も最高潮に達して行き、舞はまだまだ続く。

ladakh


ladakh


ladakh



 その家から出て小山の頂上にある花嫁の家に向かう。山から麓を望むと何十台もの着飾った車列が次々と到着するのが見えた。そして車からは着飾った男たちが次々と降りて来ると列をなして小山の頂上にある花嫁の家に向かう。

 山の斜面を登って来る男たちの伝統的衣装は黒や赤茶や白色の生地で作られたもので、胸にはクリームの緑色に鈍く深く古く、銀の淵の飾りの中に存在しているものが揺らぐ。それらは陽の光に触れると古来の香りを醸すようにも感じる。彼らの中には花婿はおらず、花婿の親類や仲間たちが代わって本日は花嫁を奪いに来たのだ。

 花婿の家はこの村から5キロほど離れたサムラ村にあり、彼はまだその村に滞在しているのだ。彼は親類友人一同が花嫁を奪って連れてくるのをサムラ村で待っているのだ。彼の親類友人一同は花嫁の家に寄るかと思いきやその横を通過し、その小山を越えて向こう側に降りて行く、大勢のオーディエンスたちはその後を付いていく。

 僕らはまるでハーメルンの笛吹きの後を付いて行く子供たちのようだった。その先に何か楽しい事が待ち受けているのではないかという期待から後をつけて行く。そして楽しい事は起こった。下の広場では食事の用意がすでに整っており、大勢の来客者はおのおのの場所に座り目の前に配られる料理に舌鼓を打っていた。

 この壮大なる食事会が終わるときコーランの一説が読まれて食事の〆となった。

ladakh


ladakh


ladakh


 花嫁を奪いに来た花婿の親類友人の一団は花嫁の家に向かった。僕らハーメルンの笛吹きの子供たちも一団の後を追って花嫁の家に向かう。一団は花嫁の家に着くとその一室に上がり込み、部屋を囲むように座る。

 その部屋には次々と来客が出たり入ったりしているので、よく見ると引き出物の受け渡しをしている。そしてあっという間にこの部屋は引き出物で埋まって行く。そして僕はその部屋から出ようと思い一歩踏み出した。するとあろうことか玄関から数十人もの女性たちが雪崩れ込んで来た。

「!!!」

 僕は玄関に向かおうとするがその圧力で押し戻される。顔をしかめて少し空いた隙間に体を委ねてそれを前進するべく打開策として使おうと思ったが、圧倒的圧力で津波のように襲って来るそれらに押し戻される。靴は脱げ、上着は飛んで行き、靴下も片方が脱げて行く。日本の通勤ラッシュでもこんな事にはならない。

 そして一番奥の部屋まで押し戻されて、女性たちはその部屋に入って行く。この部屋は花嫁の母親とその親族が待っている部屋で、女性たちはその母親に花嫁と別れる前の最後の握手を求めるべく雪崩れ込んで来たのだ。母親はその女性たちとひとりづつ握手をしていく。母親の目には涙が微かに浮かんでいる。

 驚く事にそして最後に母親の娘、花嫁が入ってきた。花嫁は伝統的な衣装で顔を隠している。花嫁は母親の顔を見るなり大泣きした。それはまさに本当の意味での大泣きだった。母親と抱きあって泣き続けている。声を枯らして体を震わせて泣き続けている。

 その鳴き声は家を震わせ、クッカルツェ村を震わせ、オーディエンスたちの心を震わせた。花嫁は次々と親戚たちと抱き合い、がらがらな声をたて、鼻水を出しつつ、時に顔を隠している衣装がずり落ちるほど泣いているのだが、僕は人がこんなに泣いたのを見たのは始めてだった。

 今その泣き声は、大泣きではなく、嗚咽でもなく、それは地響きににも似たまさにありとあらゆる物が振動して村ごと揺れているという泣き様であった。

 家から出てきた花嫁は山の麓で待ち構えている花婿の友人たちの車に向かうのだが、その姿は憔悴し切っており、もう立ち上がれない程の悲しさを体全体から放っていて、両脇を花嫁の友人に支えられながら一歩一歩確実にその山を下りて行った。

 ゆっくりと、ゆっくりと、時には立ち止まり、体を少し震わせて、ゆっくりと、ゆっくりと、時には立ち止まり、空を仰ぎ見て、ゆっくりと、ゆっくりと、そして下って行った。山の麓に降りてきた花嫁はすでに気丈で、しっかり顔を上げ、真っすぐ前を見据え、友人の手も借りずに、飾り立ててある一台の車に乗り込んだ。

 そしてその車は大きく一回空ぶかしすると、砂埃を巻き上げながら花婿のいる未来へ出発したのであった。

ladakh


ladakh


ladakh


ladakh


ladakh


0 comments:

Post a Comment

Related Posts Plugin for WordPress, Blogger...