Tuesday 24 May 2011

29.ヨクマカルブー村。

「この自転車を押して峠を越えます。」

「自転車を押して峠を越えるのは無理だね。」

 茶屋の主人が言うのを僕はチャ・ンガルモーをすすりつつ、どこ吹く風と言うように涼しい顔で聞いている。

「自転車はこのシャカール村に置いて、足だけで峠を越えるのを勧めるね。」

 茶屋の主人がそう言うのを横目に、僕はカシミリー・パンのツォ・ツルーにかぶりつきながら耳に入ったほこりを左手の指で掻き出している。

「シュクリ・アラー、ビスミラ・・・」

 そう言うと僕はポケットからくちゃくちゃのまま20ルピーを取り出し、茶屋の主人に渡すと男は無造作に汚れた服の首もとにそれを突っ込みんだ。僕は自転車を押して、シャカール村のマーケットから峠に入る道に向かった。

 パンレイ・ラ(ヨクマカルブー峠)。険しい山脈の尾根伝いを龍のように走る道に、容赦なく吹く強い風と強い日差しが旅人をいじめ、有史以前より彼らを苦しめてきた峠道は6キロほど続く。僕はつづら折りの道を自転車を押していくが、ふくらはぎが言う事を効かなくなり、途中筋肉をほぐしながらゆっくりゆっくり進む。

 それから山脈の尾根伝いの道に差し掛かり、この世の物とは思えない壮絶な風景にため息しつつ、黄泉の国からの視点は造山運動の地殻変動の様を体感させられるが、その様と呼応するように体力は徐々に黄泉の国に吸い取られていく。強い風を体全体で受け止め、それを切り裂くように進んでいく。

 薄い空気は断末魔のようにきゅるきゅると時折音をたてては耳元で渦巻きつつ囁き、僕をからかうように彼らは次から次へとやってくる。一時間ほど歩くと峠が見えてきた。山頂部分を舐めるように道はこっちの世界からあっちの世界へ続いている。

ladakh


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 その時だった。

 自転車の後ろから異音が聞こえたので振り向くと、後輪のスポークが付いた鉄の輪っか部分が割れていた。そしてタイヤの中を覗くとチューブはバーストしてこの世界にごみをひとつ新たに生み出していた。

「やれやれ、こんな峠道でどうすんの君。」

 と思いつつ自転車を蹴り上げるが、どうする事もできないので今までの2倍ほどの力で自転車を引いていく。絶妙なタイミングで雲は厚くなり、風は喜んだように吹き乱れ、遊びたくないのに風は僕と遊び、自転車の後輪は阿鼻狂乱の声を上げる。1時間30分ほど格闘し続けると下界が見えてきた。

「!!」

 ヨクマカルブー村。茶色い山脈に囲まれたその緑は、野獣に囲まれた美女のような様相を表しており、彼女は今までにたくさんの旅人を温かく向かい入れてきたようだ。小さなお城がある村と言う意味を持つこの村は、本当に今でも朽ちる事が無い小さな城を懐に抱えている。

 僕はこのお城ことヨクマカルブー・カルがよく見える位置にテントを設置していると、いつものように村の子供たちが集まって来る。

 子供たちにテントの幕営を手伝ってもらいながら、僕は峠越えに並ぶもうひとつの重要な主題を思い浮かべた。どこか遠くの村でヨクマカルブー村出身の男と会い、その男が言う話に寄るとヨクマカルブー村にも岩絵ことスキンブリッサがあるという事だった。

 僕はぼろぼろになった疲れた体にムチを打ち、スキンブリッサの捜索に向かう。村人にスキンブリッサについての聞き取りを行うが、最初の数人は知らない様子だったので、村の下手にまわると、農作業をしている村人が遠くの山の頂上を指差した。

 さっそくその山に向かい、1時間ほどかけて道無き道を登っていき、時には足を滑らせて小さな滑落をしつつ、やっとの思いで山頂に到着して、その付近をまた1時間ほどかけて捜索したのだが、ヨクマカルブー村の女神は僕に微笑んでくれなかった。女神も時には休息が必要らしい。僕は今日はゆっくり眠って明日の女神に会おうと思った。

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