2011年5月14日土曜日

20.要塞村。

 両側を干しレンガで囲まれた小径を歩いている。岩山の斜面にそれは続いていて昼の太陽が足下を照らす。行けども行けどもその小径は右や左に折れ曲がり遂には真っすぐ右左どちらに進んで良いのかわからなくなるほど道は分かれる。

 そしていつの間にか自分の両側と前方には石と干しレンガと古木でつくられた古い家々が立ち並び、その奥からは山羊やら牛やら鶏やらが鳴きながら、小径から小径へと移動している。

 このパルギュ村は前回訪れたときは洪水で洗われた下部部分をメインに調査したのだが、今回はその岩山に張り付くように村々が深く広がっている中腹から上部部分を歩いている。長い小径を奥まで歩いてはつづら折り状に徐々に高度を上げていく。

 その小径から立ち止まり谷を見るとパルギュ・ナラが雪解けの水と周りの砂を削りながら勢い良くカンジ・ナラに注ぎ込んでいる。小径を歩いているとまたまたか弱い命の鳴く声が聞こえたので、顔を上げると視線の高さに三匹の山羊の赤ん坊が戯れている。

 この岩山の斜面をさまざまな古い記憶の形が静かに囲むように鎮座しているその様は、中世のヨーロッパで見られた城塞村を彷彿させる。古い家々は押し合いへし合いしつつ岩山の斜面に不規則に並び、その家々の間を縫う小径を抜けて一番高いところに至れば、そこから望む眺めの素晴らしさに思わず感嘆の声を上げてしまう。

 前方にはパルギュ村の豊かな農地が狭い谷深くまで広がっており、後方にはそのパルギュ村が岩山に頭から足下までびっしり張り付いている様が見られる。ここまでくると妖精の住む村だと言われているのが納得できるようだ。昔々古き家々の間を妖精たちは昼ともなく夜ともなく飛び回っていた。

 時々羽を休めるために家の屋根に座ってそこから見える景色を楽しんでいる。目を閉じてまぶたをすかしてみると、そんな光景が浮き上がってくる。

「お茶でも飲んでいかない。」

 目を開いて振り向くと屋根に妖精が座っていた。

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カンジ・ナラを左に折れて歩いていくとサムラ・ルンマ沿いにサムラ村がある。この村も山の斜面にみっちりと古い家々が並んでいる村だ。この村は山の上方向への家々の積み重ねはパルギュ村ほどではない。しかし奥が長いのだ。サムラ・ルンマ沿いに密集地帯を抜けてもまだまだ家々はとびとびに奥の方まで続く。

 そして一番奥には数件の家と学校が固まっている。学校の名前はガバメント・ミドル・スクール・サムラ・ルンマ。男の子が9人。女の子が5人。先生が4人の小さな学校だ。僕はその学校を後にしてふとサムラ・ルンマが流れ出ている小さな渓谷に目を向けると、その遥か彼方ににも家々が見えて来る。

 聞けばこの川はまだずっと奥まで続いており、村もまだまだ奥の奥のほうまで続いているとの事。残念ながら今日は時間がなくなってここまでになってしまったが、次回は奥の奥のほうまで調べてみたいと思う。

 このシャカール・チクタンエリアの地図はたまに目にするが、村がほとんど書き込まれていなかったり、ある地図にはこのエリアの存在さえもないような作られ方をされている。僕もこのエリアに入り込むまでは村なんかほとんどないのだろうなと思っていたが、入ってみると僕が確認しただけでも50以上の村々がひしめき合っている。

 その多くは山のへりにうずくまるようにそして静かに、まるで気づかれるのを怖がっているかのように佇んでいる小さな村々だ。どの村々も畑は6、7、8月に豊穣に向かい美しく彩られ、村々は優しくかつ逞しく輝いていく。

 そしていつの日かジョーンズ博士がやって来て宝石箱が開けられるのを待っているかのように、村は砂時計の中の静謐な時を刻んでいるようだ。

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