2011年5月27日金曜日

32.サムラ城

 僕は朝早く起きると、家の手伝いをした。大量の藁を大きな袋に詰めると、おおよそ一つの袋が20キロくらいになり、それを10袋ほど作る。全部で200キロを越える藁の量なのでかなりかさばる。それを一袋ずつ背中に担いでトラックまで運び、すべて積み込むのだ。

 聞くところによるとサムラ村まで運び、それらを牛の餌にするそうなので、僕も同乗してサムラ村まで行く事にする。トラックの荷台に乗り込むとさっそく出発した。風切って走るトラックの荷台に朝の風が心地よく絡んできて、木漏れ日のトンネルの道を行くと、通学途中の子供たちが道端から歓声を上げる。

 太陽の光と緑の影が荷台に同乗した青年の顔に交互に写り込む中、彼は朗らかに言う。

「来年はチクタン村で僕の結婚式があります。是非来てください。」

 僕は出席する旨を伝えると青年ははにかみながら少し笑った。

 トラックはサムラ村に到着し、荷台から降りると青年にどこに行くのかを聞かれたので、僕は頭上高くの山頂に微かにゆらぐように見える遺跡を指差し”サマル・カル(サムラ城)へ”と答えた。

ladakh



 サマル・カルへの山を登って行く。小さな山だががれ岩が多くなかなか歩きにくい道だったが、山頂に向かって人が歩いた道筋がたくさん付いているので、その点でいえば分かり易い道でもある。

 10分ほど登り、振り返るとサムラ村が一望出来た。天気も良く、空気も良く、風もなく、音も無く、圧倒的な自然に身を委ねている一片の雲をただ眺めている一人の人間がそこに立っていているだけだった。頂上には20分程で辿り着けた。

 山と川と土台の一部だけを残して建っているサマル・カルの夢の後がそこにあるだけだった。そのすぐ横には小さな花が所々にそれを囲んで咲いており、サマル・カルという名の人工物は花の横に建っていると徐々にある種の自然物に変わっていくようだった。

 面前はサムラ村、振り返るとパルギュ村が一望できるのだが、初夏のそれらは、花のように山頂に静かに咲いているサマル・カルが小さなアクセントとなり、よりうつくしく見えるようだ。ここからの景色はサマル・カルが従で展望が主だ。

 しばらくそこからの景色を楽しみつつ、うつらうつらしつつ、微かな風を感じつつ、そしてまどろんでいく意識の中で、自然と人工の境界が定かでなくなり、自然の中に人間が同化しながら、人間の中で自然が壊れて行き、ここがどこだかもわからなくなり、・・・そして僕はここで少し眠った。

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