Wednesday 25 May 2011

30.ヨクマカルブー村の岩絵。

 朝、鳥とヤクの鳴き声に起こされた。僕はテントを出ると水場で頭と顔を濡らし、そこに石けんをこすりつけつつ泡立たせ、くみ上げた冷たい地下水でそれを洗い流す。タオルで濡れた頭を拭きつつ、疲れたような歯ブラシによれよれのチューブから絞り出した物で歯を磨く。

ladakh


 それからテントを片付ける。テントの杭を抜き、フライヤーをはぎ取り、骨を抜いて、テントとフライヤーとグランドシートをたたみ、ひとつひとつ袋に入れていく。寝袋とテントを壊れた自転車の荷台にくくり付け、昨日出会った一人の村人が岩絵ことスキンブリッサまで案内してくれるというので、自転車を押して男の家まで向かう。

 その男の家は断崖絶壁の岩山の麓にあった。岩山の山頂に自転車を置いて、僕はその断崖絶壁をボルダリングするように降りていく。

 山羊が通る道の跡が付いているのでそこから足が出ないように慎重に降りていく。すると下の方の男の家から”右手はもっと上を掴んで”とか、”その道は入ったら崖がきつく降りられないから、もう一度登って回り込んで”だとかの助言が飛び交う中、やっと男の家に辿り着いた。男の家で朝食を頂き、僕たちはスキンブリッサ目指して出発した。

 男の家から清流のヨクマカルブー・ナラ沿いを下流に向かって進んでいく。途中男はポケットからアプリコットの種の子供を僕にくれた。アプリコットの種を割ると、中からアーモンド状の小さな小さな種が出て来る。

 この種の子供は、味はアーモンドに近いが、薄味で舌にほんのりと甘み香るようなものが乗っかり、それを歯で噛み砕いて味香りを口に中に拡散させるのだ。

 僕は大量にアプリコットの種の子供を貰い、それを一気に口に入れ、ほおばりつつ噛み砕くと一部が器官に入り込み咳き込んでしまった。そして村の家々が建っている地区を通り過ぎると、農地だけがヨクマカルブー・ナラ沿いに長く長く続く。

 しばらく進むと農地がなくなり、ヨクマカルブー・ナラの両岸に険しい山々が続く渓谷だけが残り、そしてナラの左手が開けてきて、そこに古い古い小さな1軒の家があることに気づく。昔々700年ほどさかのぼること、この地域一帯はブッディストたちの生活の場であり、修行の場であり、聖域であった。

 そんな中、西方のペルシャ(今のイラン)より長い長い旅路を経て、この遠くて深いヨクマカルブー村に辿り着いた4人の兄弟がいた。その兄弟の名はアスタナと言った。アスタナはヨクマカルブー村の一番深い所まで入っていき、このヨクマカルブー・ナラが悠々と流れる渓谷の端のほうにぽつりと小さな家を建てたのだ。

 そうこの男たちこそ始めてこの地域に入ってきたムスリムだったのだ。暑い国から来たこの兄弟は冬の大雪、極寒を毎年乗り越え、この地域の言葉を憶え、かつこの村の人たちと共に生活をして、イスラム教を水滴が一滴一滴落ちて大きな泉になるまで、布教し続けたのだ。

 そして現在は時々カシミールのムスリムたちがアスタナ詣でにアスタナの家にやってくる。この大渓谷には時々アスタナの悠久の声が聞こえる。

 そしてより深く進むとナラ沿いに黒っぽい岩がごろごろと転がっている場所にたどり着く。そしてその岩をひとつひとつ見ていくと数多くの岩に岩絵が刻まれていることに気づく。そうこれが紛おうことなくスキンブリッサだ。このスキンブリッサのエリアはここからなんと1キロほど続く。

 そしてその数の天文学的なことにまず驚き、絵の多彩さとそのデフォルメされた芸術的センスに驚く。大きな岩にびっしりと刻み込まれているスキンブリッサに出会うと言葉を無くし、ただ佇み、その絵の物語に耳を傾ける。ハンターが獣を追って弓を大きく引いている。

 そしてその弓は獣に刺さると獣は大きくのけぞって最後の鳴き声を上げる。たくさんの山羊たちは草を頬張っている。おおくの女たちは手をつないでフォークダンスを踊っている。そして村人たちは家の中で団らんをしている。この静かなる大渓谷のに瞬くスキンブリッサが永遠の眠りから覚める時、かれらは狩り歌い踊り話し出す。

 その姿を記憶しようと僕はシャッターを切るのだが、この大渓谷に瞬く岩絵の星たちすべて記録するのは徒労だと知る。その時男が言った。”目の前にある山々の頂上にはもっと凄い数のスキンブリッサがある。” それを聞きつつ、僕は徒労と知りながらもシャッターを切り続ける。

 今この悠久かつ静寂の中にある大渓谷に響いているのはシャッター音だけだ。この音はスキンブリッサの囁きに呼応して反応し続ける。僕自身が考えるのではなく、誰かに考えてもらうために、スキンブリッサの声を伝えるべく、僕は反応し続ける。

 すると眠りからさめつつある太古の声がこの大渓谷全体を包み込み、そして一気に収縮し濃密な光となり空高く舞い上がりながら世界中に散っていく星々の孤高の姿が僕には見えた気がした。それはまぎれもなくヨクマカルブー村の女神の姿だった。

ladakh


ladakh

SKINBRESA in Yokmakharboo Village

ladakh

SKINBRESA in Yokmakharboo Village

ladakh

SKINBRESA in Yokmakharboo Village

ladakh

SKINBRESA in Yokmakharboo Village

ladakh

SKINBRESA in Yokmakharboo Village

ladakh

SKINBRESA in Yokmakharboo Village

ladakh

SKINBRESA in Yokmakharboo Village

ladakh

SKINBRESA in Yokmakharboo Village

ladakh

SKINBRESA in Yokmakharboo Village

ladakh

SKINBRESA in Yokmakharboo Village

0 comments:

Post a Comment

Related Posts Plugin for WordPress, Blogger...