2011年7月29日金曜日

2.ハバカダルの人々。

 午前中はダル湖北部にあるユニバーシティ・オブ・カシミールに出向く。

 大学のゲート前の警備は厳重で小銃で武装した軍がセキュリティー・チェックをしていた。苦労してゲートを抜けると広大な敷地が広がっており、ダル湖を背にその奥には緑が深く美しいカシミールの山々が水面にその姿を現しては消え、消えては現すを絶え間なく繰り返していた。

 大学の図書館の身分証明チェックも厳重で、僕は学生証なんかはなかったが、軍は留学生と勘違いしたのか、窓口の軍に手荷物を預けると、ノーチェックで中に入る事ができた。この大学はカシミールの東大と呼ばれており、数多くの天才秀才たちを排出している。

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ちなみに物理学部に関して云うとラダックの出身で在籍しているのは一人だけなのだ。図書館の天井は高く、中は天窓よりほどよい光が取り込まれていて、読書には最適な空間だ。しかし政治状況が影響してかどうだかは分からないが一流の大学にしては蔵書数がきわめて少ない。

 蔵書は僕の住んでいた小さな町の図書館の四分の一ほどしかないのだ。とりあえず『History of Kashmir』を棚から取り出して紐解いてみる。そこのLanguageのページを開いてみるとカシミールにはたくさんの言語が溢れているのがわかる。それを列挙してみると・・。

Kashmir - Kashmiri
Ladakh - Ladaki
Balti - Kargil~Skardu
Urdu - Kasimir~Kargil~Chiktan
shena - Arien , Dard
Pahadi - Kashmir of Living at hill
Dogri - Jummu
Gujri - Nomadic moving
Changpa - Changthang
Potba - Tibetan
Hindi
English
For Muslim - Basic Arabic
For buddhist - Bohdic

 このジャンム&カシミール州だけでも分かっているだけでこれだけもの言語がある。インド全体では大変な言語数になるのだろう。多民族、多宗教の国家の混沌性は政治だけでの話ではなく、あらゆる分野において根や枝が複雑に絡み合っていて、混沌を整理するために枝葉の先っぽを剪定するだけでは到底問題は解決されないのだ。

 こっちを押さえると向こうが膨れ上がり、向こうを押さえるとこっちが膨れ上がる。根本的な応急処置、応急的な根本処置、あらゆる考えつくだけの方法を有史以来、気の遠くなるほど繰り返してきたが、新たな問題は常に生まれていて、しかも処置は全てされ尽くされている。

 すべてを丸く納める事もできずに、均一に事は処置できずに、うろたえる人間たちをあざ笑っているこの複雑性の悪魔は、過去から未来へ転がり続ける永久的な輪転機を動力としているのだ。

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 昼飯に古アパートでアール(ウルドゥ名カッドゥ {大根のようなもの})を食べ終え、さっそくジェラム川のハバカダル西岸の旧市街地から渡し船で東岸に渡ると、そこもまた古い市街地が女郎蜘蛛の巣のように広がっており、夏が立ちこめる路地の打ち水は砂埃とともに霞上がり、ひしめく商店の店主たちははたきで商品に群がる蠅を追っ払っていた。

 渡し船を降りる時、老船頭が「さよならね、お月様ね。」と誰が教えたのか間違った日本語を連呼していたのを思い出しつつ、ハバカダル東岸のみみずがはっているような形状の路地を歩く。古いレンガ作りの建物たちは重心を失った体をお互いに支え合いながら青息吐息でやっと建っているかのようであった。

 目的の家は路地から辻にのびる針の穴を通すような細い溝板の道を入っていった所にあった。僕は女性に部屋に案内されるままに奥に入っていく。その家は路地の辻の一番奥にあり、部屋の作りは新しく、天井には大きなファンが回っていた。知人の知り合いのこの家族は開口一番こう云った。

「この部屋にはいつでも好きな時においで、スリナガルに来た時は自由に使っていいんだよ。」

 僕がいつも良くされるときは、相手の後ろに好まざる策略が見え隠れして、つねにそれが揺れ動いているのだが、この家族には無条件に旅人を受け入れてくれる白無垢の深い愛しか感じられなかった。

 開け放った窓より近くのモスクからアザーンが聞こえてくる。足早に往来を行き交う人々の声が飛び交う。野菜売りの行商人が押す荷車の軋む音。ジェラム川を旋回する無数のカラスたちが鳴く。対岸を警備している小銃を持った男の顔は疲労している。渡し船の上の眠そうな船頭たちは半ば夢の中。

 うるんだ午後のスリナガルは暑く乾燥した喉は少しひるむ。僕の額を汗の一筋が濡らす。僕は黒髪で美しい顔立ちのアシアからカシミールティを頂く。透き通る紅茶から沸き立つ香りはカルダモンのそれとともに鼻先で遊ぶ。僕の「ビスンミンラ・・」とさりげなく云った言葉は、顔を見合わせた家族たちをほんの少し驚かせる。

 そして一口すするとそのカシミールの魔性は僕をいっそう不安にさせる。なにか踏み込んでは行けない踏み込むと二度と抜け出せないような危険で甘い何かが舌の上で溶け始める。喉にカシミールが落ちていきそれが体にしみ込み始める。そして何かが頭をゆっくり巡り始めた。チクタン村の事だ。

 マディの腰痛は直っただろうか?ジャファル・アリがたどたどしく操る温かい英語。アポ・アリはまだ歌を歌い続けているだろうか?フィザはまだ踊り続けているだろうか?泣き虫マキシマは今日も泣いているのだろうか?ファティマとクルスンは農作業を今日もがんばっているのだろうか?

 僕は静かにカップを置くとアシアがこちらを見て少し笑う。こうしてカシミールの魔性に触れると僕は少しだけ見透かされたような気がした。

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2 件のコメント:

  1. SECRET: 0
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    写真ありがとうございます。
    フリッカーも見させていただきましたよ。
    家宝にしたいくらいです。

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  2. SECRET: 0
    PASS: 74be16979710d4c4e7c6647856088456
    rainen wa ikimashou.

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