2011年7月20日水曜日

47.チクタン村の結婚式。



チクタン村での結婚式の朝が来た。最近はからっと暑い日が続いていたのだが、今日は暑くもなく寒くもなく、雲は垂れ込める事なく流れて、陽の光は豊潤な大地に強い光と淡い影の抑揚をつける。朝食を早めにとると僕は花嫁の家に向った。花嫁の家はチクタン村の中心を流れるチュルングスを挟んで右岸の丘の斜面にある。

 家に近づくと玄関のドアの隙間より音楽が洩れ出してくる。僕はドアより花嫁の家に入り、音がする部屋に向う。しかし部屋のドアを開けて一歩は入ろうとすると、「NO」の一言。僕は扉の中に入る事が出来ず、洩れ出す音を目の前にはやる心は見事に宙に霧散した。

 今まで結婚式での踊りの撮影ができていた事は驚くべき事だったのである。

 というのも実を云うとこの場というのが男子禁制の場であり、女と子供しか入る事が許されないところだったのだ。

 と言うことは今まで僕は男としては見られていなかったと言う意味で、本日見事に拒否されたと言うことはチクタン男子の仲間入りが出来たと言うことにもなり、たぶん目出たいことではあるのだけれども、今後の取材が大きく制限されるかもしれないので、半ば心苦しくもあるわけなのだ。

 とりあえず花嫁の家の周りを一周してみる。するとどうだろう。この家の二階の窓や隣の家の屋根に入りきれなかった子供たちがよじ登って踊りを鑑賞しているではないか。僕は「NO」と云われて「はい、そうですか」と聞くような真面目な男ではないので、二階の窓にいる子供たちに飴とカメラを投げて中の様子を撮ってくれと頼む。

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 そして待つこと数十分。出来上がりほやほやの映像を見ると、移っているのは床、背中、天井、背中、床、天井、子供の顔のアップと踊りの映像からはほど遠い子供たちが撮ったの余興の映像でしかなかった。これで僕は踊りの映像を手に入れる事にきっぱりあきらめがついた。

 で集まってきている子供たちとは友達になれたので、僕の持っているモバイル(と言っても通信機能はないです。)で彼らは遊ぶ遊ぶ。ゲームをして遊ぶ。一つのモバイルの周りに十数人の子供たちが円を作る。モバイルの画面が壊れるほど強くタッチパネルに触るのでパネルがギシギシ悲鳴をあげる。

 朝食のカレーが手についたままの子供もいたので画面がどんどん黄色になっていく。僕のモバイルはそれでも適応が早くてどんな厳しい環境においても壊れない自身があるらしい。モバイルが僕の手元に戻ってくる頃には(いつもの事だが)いくつものアプリケーションが削除され、いくつものビデオ映像が削除され、いくつもの音楽が削除されている。

 でも僕のモバイルは事が終わると何食わぬ顔で必要な仕事をこなしてくれる頼もしく寡黙な友人なのだ。しかも日を追うごとにより寡黙になりつつある。きっと日本に持ち帰り同じ商品を横にして並べても僕のモバイルは全く別の何か分からぬ物質になっているだろう事は容易に想像できる。

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 どうやら広場で結婚式に集まった人々のための昼食の用意ができているらしいので、みんなこぞって天幕が張ってある広場に集まる。僕も適当な場所を選んで座る。僕の周りには隣村のカルドゥンからやって来た人たちで一杯になる。

 僕の前に座った男がクッキーを摘みながら奇妙な英語を駆使して云う。

「どこからか?あなたは」

「日本から来ました。」

「あなたはオフィサーですか?」

「僕はオフィサーではありません。」

 ここでいうオフィサーとは大学でオフィサーの資格をとって、政府系カンパニーで働いているすごい人なのかという意味である。

 前述した事があるがこの政府系カンパニーというのは非常に問題が多くて、給料はいいが、中にいる人たちはろくな働きをしていなくて(もちろんよく働く人もいるのだが、一般論で語っています。)、トップの連中はこのオフィサーという肩書きのある不思議な人たちで固められており、かなりの利権にまみれていて、プライベート・カンパニーの入る余地がこのエリアでは余りない状態なのだ。

 一つ例をあげると政府系の学校がチクタン村にはあるのだが、そのとなりにこのエリアでは数少ないプライベート・スクールがある。政府系の学校の先生はどういう訳かあまり仕事に熱心ではない。惰性で授業をしているような先生が多くて、お茶の時間が非常に長いのだ。

 一方となりのプライベート・スクールは少数先鋭の先生たちばかりで頭脳は明晰で、向上心にもあふれており、授業は本当に熱心なのだ。政府系の学校の先生たちの給料の平均は月20000ルピー。プライベート・スクールの月平均は4000ルピー。

 冬期は学校は休みなのだが政府系の学校の先生方は給料が休みでもまるまる出て、プライベート・スクールの先生方の給料は冬期には出ない。ほんの一例だが政府系の学校の先生とプライベート・スクールの学校の先生の待遇面での格差は激しい。しかし生徒の質の面から考えるとこの状況は逆転する。

 プライベート・スクールの生徒たちの方がおなじクラスレベルでも格段に明晰なのだ。ここで赤貧の家庭は政府系の学校にしか子供を行かせてあげられず子供たちの間で言われなき格差が広がる。闇は深くその原因も村人は良く知っていて、僕は彼らからそんな話を話される。
 
 昼食のバトゥーを村人たちで食しながら、結婚を祝う。歌が歌われ、新郎の友人たちに付き添われ、バグモの顔見せも終わり、華やかな雰囲気の中、チクタン村での結婚式が終わる。この昔から続いている一見華やかで伝統的な結婚式も、赤貧の村人たちの相互扶助で成り立っているのだ。

 なけなしのお金と物を出し合い、この村を挙げてのパーティにささやかな喜びを見つけるのだ。それでもいろんな問題が山積しているチクタン村の人々の表情は明るい。僕はカシャン・ブルーがオレンジに溶け出す黄昏時にスコップを持って額に汗して田畑に通す水路をひとり作りながらそんな事を考えた。

ladakh


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