2011年7月30日土曜日

3.カシミール女とモスク。

 生粋のカシミール料理はお世辞抜きに美味い。実際この半年の間で胃に納めた料理では一番美味かった。カシミールの米はほっかほかのつややかに立っているやつで、それに銀のひしゃくでチキンスープをすくって絡ませる。チキンのカレーにはスパイスを惜しみなく使い、カシミール独自の風味はほんのちょっとサフランの香りがする。

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アシアは料理上手だ。そうほめると女はまんざらでもない顔をして、長い指先でピアスが光る鼻先を掻く。チキンを一口かじる。チキンも柔らかく時間をかけて煮込んであり、カシミールの風味は口の中でそれをとろけさせる。

 新鮮な野菜もいろいろな種類が使ってあり、野菜スープの風味は口の中を転がるこんぺいとうのように、甘くて粋な辛さのカシミールの夏を運んでくる。午前のけだるさも、午後の倦怠も、窓辺から運ばれる水面の風と珠玉のカシミールの魔性が消し去ってくれる。

「ここはあなたの家だからゆっくりしていくのよ。」

 女はそう言いながらたてたばかりのカシミールティを僕の目の前に置く。カップの中でカルダモンがゆっくりと回り出す。僕はカップを両手で支えるとそれを口に運ぶ。一口すすりそれをゆっくり目の前に戻す。

「それと・・。」

 女はそう云いかけると、窓から一筋の風が吹き抜ける。女は右手を伸ばし僕のあごに触れたかと思うとそれを優しく掴んでゆっくり引き上げた。

「いいこと今日はここに泊まっていくこと。分かった?」

 生粋のカシミール女は自分の顔を僕に近づけるとそう云った。

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 オートリキシャに乗って旧市街を走っている。どうやって女の部屋を抜け出したのか、はたまた逃げてきたのか、僕はさっぱり覚えていない。とにかく僕はリキシャに乗って旧市街を走っている。ふと気づくとリキシャはジェラム川にかかる橋を渡るところだ。その左手奥に古く大きなモスクの尖塔が霞の向こうに見える。

 しばらくリキシャを走らせるとその古いモスクの目の前に出た。そのモスクの名はシャー・ハムダン・マスジド。14世紀に建てられた古いシーア派のモスクだ。中をのぞくとその装飾は素晴らしく時代に絡み付いている花たちは天井に美しい巣を作っている。中に入り簡素なお祈りを済ませると、外に出てその古老の勇姿を眺める。

 何層ものスクエア型のモスクの中心にある尖塔は色あせても失っていない輝きを抱きながら天高く伸びる。緑の装飾と美しい木目の余白を残した完璧さは、モスクの年を重ねるにしたがい見事に花咲く傑作だ。

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 リキシャに乗り込むとまた少し移動する。10分ほど走るとリキシャはまた止まる。広い青空の下墓が広がっている。その墓たちの中心には要塞のように重厚な古い建物が鎮座していた。僕は墓たちの中の道を歩きその重厚なものに向う。近づいてみると、それはよりいっそうの重みを持ちずんと土地に沈んでいるようでもあった。

 すべてブリックで作られているその名前はバドシャ・トーム。その巨大なお墓はこの地方最初のムスリムの王の母の墓なのだ。この王の初仕事がこの母の墓を作る事で、つぎに大きな仕事があの巨大なジャーマ・マスジドの建築だったのだ。彼の墓はこの母の墓の隣に寄り添うように小さな墓として静かに眠っていた。

 今日のように良く晴れた静かな日の、この重厚な墓は、よりいっそう美しく浮かび上がっている。その周りに広がる小さな墓たちもまた、ゆるやかな午後の風に吹かれ、決して覚めない眠りを貪っているのだ。

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 次にジャーマ・マスジドに向う。そのマスジド中をそぞろ歩くと明日の金曜礼拝の前日を前にして人はまばらだった。天気が同じでもモスクによっては雰囲気が異なる。晴れ上がった午後なのにけだるい気分に今日のマスジドは包まれており、時折不安げな表情を見せている。

 巨大なマスジドの四隅に尖塔は置かれ、尖塔から尖塔へ渡る回廊の中心は庭園になっている。回廊の際の本棚の中のコーランたちは、小さな窓から差し込むか細い光の中、不安げな夜を迎える小娘たちのようにお互いに折り重なっている。そして明日は何か起こりそうな気配がする。

 礼拝後のデモを呼びかける声や張り紙がマスジドの周りで執り行われていた。パキスタンとインドがよりよく接近できた今日の明るいニュースは、カシミールの人たちにとっては複雑な思いであり、そのネゴシエイト役に買って出たアメリカが、カシミールの指導者を追い出すのではないかともっぱら噂になっている。

 パキスタンとインドの間のカシミール問題が、カシミールの当事者を抜きにして、一気かつ強引に表向き解決の方向に動き出すのをみんな恐れているのだ。リキシャが動き出す。荒れたアスファルトに白いペンキで書かれた「GO OUT INDIAN !」の文字を横目で眺めながらそんな事を考えている。

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 古アパートに戻ると、部屋はチクタン村からの来客で溢れていた。今夜は8畳程の部屋に10人で寝る事になる。部屋の男どもの熱気がすでに蒸し風呂を作っていた。僕はアシアの部屋からぬけだした事を後悔した。

2 件のコメント:

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    どうしてブログは日本語なのに、他のは違うのですか?
    あそこの家庭料理の美味さは頭二つ抜けています。
    あそこに長居すると至れり尽くせりで、他所には行けなくなるかもしれませんね。

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  2. SECRET: 0
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    blog no naiyou wa note computer de tukuttemasu.sorewo memory ni utusite internet cafe de upload sitemasu.tasikani ryouri umasugidesu.

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