Thursday 30 June 2011

45.ウルクトの結婚式。

 朝、ヘルス・セントレ・カルドゥンで薬を処方してもらう。軽い肺炎だった。昨日は一晩中咳き込んで夜を明かした。喘息の一歩手前の症状だ。このエリアの風土病でもあるこの病気は砂の多い場所でよく見られる病気なのだ。だからこのチクタン村にも慢性的な肺炎や喘息の人は多い。

 とくに子供たちの間で蔓延している。この砂が肺に入る事でアレルギーを誘発して咳が止まらなくなる。喉が痛くても喉飴などは使わない方がいいだろう。なぜならば飴によリ喉に付着した糖分は外部からの様々な菌をべたついたその場所に捕獲するからだ。

 そうなると次は一気に風邪の症状が併発して出てくる。泣きっ面に蜂状態になるのだ。このエリアの医療費は基本的には無料だ。政府が全て補助してくれているのだ。その点では非常に助かっている。そして僕はあまり体調が思わしくなかったがウルクト村へ向う事にした。

ladakh


 ウルクト村に入ってすぐの左側の家から祭り囃子が聞こえてくる。結婚式の飾り付けで着飾ったその家は新郎の家らしい。今日は新郎・新婦とも同じこのウルクト村出身だ。新郎の家の前を通過して、新婦の家に向う。結婚式は通常二日続けてあり、一日目は新婦の家、二日目は新郎の家でとり行われる。

 今日は新婦のサイドでの式なのだ。新婦の家の二階の窓から音楽が聞こえてきた。ダンス・パーティの最中のようだ。僕はこっそりそいつに忍び込む。玄関を入り二階へ続く近くの階段を登っていく。部屋の入り口には人だかりが出来ている。この八畳ほどの部屋に大勢がひしめき合っていて、真ん中には踊る場所が確保されている。

 そしてその場所の正面のレースのカーテンの向こう側には新婦がバグモ姿で座っているのだ。女たちが入れ替わり立ち替わり音楽に合わせて踊っている。音楽はバッテリーに発電機を繋げてその先にオーディオを繋げている。

 明かり取りの窓枠にも女たちが座っているので中は薄暗い。部屋の中はヒマラヤ杉が燃されており、それの匂いが立ちこめている。この使い方はムスリムがこの地域に入る前の、ブッディストたちの知恵で、ヒマラヤ杉の煙は肺に良いとされているし、その香りはハーブの役目もこなすのだ。

 今日は咳き込んでばかりいるので、ヒマラヤ杉の効能に授かろうと、とりあえずこの部屋にずっと居たかった。女たちの踊りはあまりよく見えず、かといって分け入っていくのも悪い気がしたので、僕は入り口あたりの壁にもたれてその様子をぼんやり眺めていた。

 ほの暗く赤く光が当たっている部分に女たちの影が大きくなったり小さくなったりして揺らぐ。パーティも白熱してくると伝統的な音楽は徐々に現代的な音楽へと変化していく。

 女たちは一体全体踊りをどこで覚えてくるのか?テレビ?学校?通信講座?すでに生まれた時には踊りの遺伝情報は持っていて、きっと女たちは華麗なフォークダンスを踊りながら生まれてこなければならない運命なのだろう。





 人は不思議なもので疲れてくるとどんな大音響の場所ででも眠れるのだ。たぶん今日処方してもらった薬の中に強めの眠気を誘う薬が入っていたのだ。僕は立ったまま壁にもたれてうとうとしている。

 そして僕は体を一回震わすと、次の瞬間には腕組みをしながらあごが静かに下がると、静寂の緑の湖に背中から沈んでいき、僕の目の前の小さな釣り船の船底が徐々に離れていく。そして次第に太陽の光も届かない悲しげな冷たい場所に落ちていく。眠りの底には見た事がない世界が広がっていた。

 細い迷路のような場所は石で上下左右覆われている。僕はその世界を走っている。追われているのか、追っているのか、皆目見当がつかない。その石畳の所々から草が飛び出していて、太陽は見えないのにどこからか明かりが差し込んで来ている。とにかく僕は急いでいる。何故だかわからないが急いでいる。

 途中で道が二つに分かれている。片方の道には塩とバターを体に塗ってお入りくださいと看板に書いてある。もう一つの道は近道と書いてある。

 あたりを見渡しても塩とバターらしきものがないので、僕は近道と書いてある道に入っていった。しばらく走ると石で出来たのトンネルは終わり、左右には背の高いくすんだ灰色のブロック塀が続いており、その左奥には赤提灯が灯っている屋台らしきものが見える。

 あたりは暗くなり始めて、西の空には宵の明星が輝いている。僕はその屋台ののれんをくぐり椅子にすわる。屋台の親父は灰色の毛並みのペルシャ猫だ。目の上に三日月型の傷がある。親父はトレンチコートを着て、中折れ帽をかぶり、自慢の髭を肉球で触っている。

 親父の後ろには木の棚があり、そこにはぎっしりと本が並んでいる。ざっと数えただけでも世界中のあらゆる本が揃っていそうだ。親父は「一冊選んでみるのさ。」と言う。その瞬間に僕のこれからの運命の全てが決まるそうだ。並び方は本が出版の新しいものが手前で古いものは徐々に奥になっていく。

 僕は3秒程熟考に熟考を重ねたあげく、手前から38765段、右から2445列、下から126段目の本をはしごを借りて登って引き抜く。手にした本のタイトルは宮沢賢治の「注文の多い料理店」。親父はその本を横目でちらと見てはくくっと低く笑い、本の一ページ目を繰った時に徐々に音楽が聞こえてきて、そして一回体を震わすと、僕は静かに目を開けた。

 ダンス・パーティは何事も無かったかのようにまだ続いていた。どうやら眠っていたのはほんの一瞬の事だったようだ。目を覚ましてもさほど夢の中の世界とそんなに変わっていない世界観に僕は新鮮な驚きを得る。まだむこうの世界にいるようでもある。

 大音響の中踊りは続く。そして踊りの途中でタマルクが振る舞われた。給仕たちが「ビスミンラ」と唱えながらみんなに配っているものは、タギ・カンビルで、その上に一片のバターとスライストマト、そしてその横には塩が盛ってある。僕はタギ・カンビルとトマトには目もくれないで、バターに塩をつけて舐める。

 やっとバターと塩が見つかったと独り言を云ってみる。みんなの手のタギ・カンビルを目当てにしている一匹の灰色ペルシャ猫は、人から人へとそれを貰い受けている。

 彼が突然こちらを振り返ると肉球で目の上の三日月型の傷を掻き始める。僕は右手で口元を隠しつつ数回咳き込むと

「しかし、効かない薬だな。」

と一人ごちる。もう一度頭を上げた時にはペルシャ猫はすでに居なくなっていた。

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