2011年10月25日火曜日

17.ペーラーデニヤ植物園。

 バスは深山に分け入り標高を徐々に上げていく。濃霧に閉ざされた朝のケッタラーマ寺を後にして、キャンディに向って古バスは唸るように走る。クルネーガラから一時間半ほど来ると大きくて水面が光る湖が目の前に広がってくる。

 湖の回りにしっとりとホテルが並んでいるその光景はあの白樺湖そっくりなのだが、その回りには数多くの古い寺院が立ち並び、多くの大学もあり、観光客にあふれており、規模は圧倒的にキャンディの方が大きい。僕とダマナンダーはバスを降りて食堂に入り朝食を食べる。

 日本の食堂との違いはトレイの上にこれでもかと詰め込まれたパンがテーブルの上にのる。これを全部食べるのではなく、ここからパンを数個チョイスして食すのだ。僕も以前クルネーガラの街に着いた初日にパン屋に入り、うずたかく積まれた目の前のパンに動揺して、”こんなに食べれへんわ、かんにんなぁ”と店主に言った事を思い出す。

Sri Lanka


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 食堂を出て僕たちはペーラーデニヤ植物園に向う。この植物園の始まりは1371年とかなり古い。一度イギリスによって破壊されたのだが、1821年に再建が始まり、1843年に完成する。この公園の一番有名な木は1901年にイギリスの協力で飢えられたホウガンノキで文字通り砲弾のような木の実がたくさんなっているのだ。

 植物園に入り少し進むと芝生で覆われたおおきな公園がある。その淵の木々の下で大学生たちがグループごとに円を作り討論をしている。僕は大学の先生に誘われてその円の中に入り、日本のついて語ったり、質問を受け付けたり、こちらから質問したりする。こうして僕はグループの円から円を渡り歩き、討論に参加する。

 討論のほとぼりも冷めた後、僕はまた植物園を散策する。一本の長い道が続いていて、その両横に真っすぐに背が伸びた木々が植えてあり、”ぐわっ、ぐわっ”の鳴き声が頭上を飛び交うと僕は見上げる。木から木へと飛び移る黒い影の鳥のような物が見えたので、目を凝らしてみる。こうもりだ。

 こんな真っ昼間から彼らは空を飛び交い、青を黒く染める。ホウダンノキが左側に見えてきた。木はたくさんの砲弾を懐に抱きかかえている。一つ20センチから30センチはあるだろうか。これらが頭上に落下してきたらと思うと少し怖い。まさに信管の無い砲弾だ。

 公園内の木々は表情が豊かで、奇妙な形で曲がっている木々も多く、幹よりも長く太い枝がまっすぐに横に伸びているかと思えば、突然それは刮目し折れてそのまま天に向かい、少し進むと今度は地に向って伸びている。南国の不思議な木たちは静かに長い長い時をかけて踊っているのだ。

 木は別の木を浸食してくわえこみ、くわえ込まれた木の上部は大きく花開き、くわえた木を逆に大きく飲み込む。この奇天烈で滑稽にも見える木々の生命は、大きく脈打ちながら躍動しているのが分かる。

 木に耳をあて聞くと、木が咆哮しながらなみなみと吸い上げる大地の水の音が、しゅうしゅうと音をたてながら天に昇って行くのが分かるだろう。この植物園の縁には川が流れている。その向こう岸には斜面の緑の中に赤い屋根の家々が立ち並んでいるのが見える。ココナッツの木陰から時折見えるその光景は南国をいつまでも感じさせた。

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 植物園を出てマーケットの中を歩き回る。果物は色鮮やかで、目に眩しく、その芳香は鼻先をくすぐる。朱、橙、黄、緑、茶、群青、様々な色たちがわっと歓声を上げる。賑やかな色たちは僕たちの後をどこまでもついてくる。お米も様々な色があり何種類もが袋になみなみと入れられ売られている。

 何度も書く事なのだが、スリランカの食文化は裾野が広く、食べ物の種類も信じられない程豊富で、そのほとんどが当たり前なのだが無添加ときている。日本の食べ物より香り高く、繊細な味から大胆な味まで味覚は無限で深く、魚介類も海から川からと豊富な生き物がとれ、新鮮な物もあれば乾物もたくさんあるのだ。

 言ってみれば生活の場自体が食べ物に囲まれている状況なのだ。夜には屋根が鳴き木の実がたくさん落ちてくる音が聞こえる。動物たちも飢えを知らず、人と同じ物を食べる。マーケットはどこの街に行っても賑やかで、ジャングルの中にも小さな店は点在する。主食はお米だが、パンも良く食するのだ。

 またこのパンも日本にある小手先だけの味付けのパンではなく、どっしりとした強い腰がある。噛めば噛む程に甘みが沁み、心にしみる。数え切れないほどの香辛料を巧みに使い、作られた食事は大地の命を直接食している感覚に捕われて、壮大なオペラ劇が料理の中で延々と繰り広げられているようだ。

 自然に至っては全く持って言う事はなく、素晴らしいの一言だ。大自然を見るためだけの理由でスリランカに来るのも良いだろう。それは心のうち深くに眠っているあなたの冒険心にきっと火をつけると思う。あなたは時にハックルベリーになり時にロビンソン・クルーソーになる。

 スリランカの海もまた魅力で世界有数のサーファーが集まってきて、多くのコミュニティを築き上げている。波で疲れた体をココナッツの木陰の下で休ませつつ、ギターをつま弾きながらジャック・ジョンソンやG.LOVEを奏でるのも良い。

 スリランカの寺院は言うまでもなくとても素晴らしく、その深遠な時を追ってみるのもいいかもしれない。ジャングルの中、夕日に照らされた孤独な仏塔の長い影を見たあなたもいつしか一人の孤独な哲学者になるのだ。きっとそれは長い悠久の時の中に垣間みれる人や宗教やその他の様々な物たちがあなたの心の中で騒ぎ出さずにはいられないからだろう。

 今スリランカに移住してきている欧米人や日本人は増えている。ぼくがいるクルネーガラにもたくさんの日本人が居る。世界で一番親日な国で、時間はゆっくりと漂い、人生の意味を考えつつ、波の音や森に潜む動物たちの声を聞きながら過ごしたいと世界中から多くの人たちが移り住んで来ている。

 クルネーガラに出来ると言う噂の日本人村もどうやら徐々に準備がなされているようだ。僕は移住に最適な条件である、安全で日本人にとっては容易に仕事が見つかり、物価は信じられない程安く、時間はゆっくり使え、食べ物も環境も人に優しく、こんな素敵な国をみんなに見て欲しいと少しだけ思うのだ。

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