2012年6月23日土曜日

4.カルギル・トゥデイとルンビタン村。

朝の喧騒のカルギル・バザールを進んで行くと、ラルチョークと言う名の交差点に出る。その交差点はまっすぐ進むとスリナガルにつながり、右に折れるとプエン村につながり、左に折れるとカルギルの山を登って行く。僕はそこを左に曲がる。急な坂道を登って行くと両側には数多くの薬局や診療所が立ち並んでいるのが見える。ここの通りはメディカル・ストリートなのだ。石や泥やささやかなコンクリで作られている小さな診療所が軒を連ねており、様々な病気を抱えている数多くの人たちが遠くの村々からやって来てそこに吸い込まれて行く。坂をもう少し進むと左手に大きなカルギル病院が見えてくる。ここにも遠くの村からやって来た人たちが数多く吸い込まれて行くのが見える。

まだまだ坂道を進んで行くと道の両側には、ガールズ・ハイヤー・セカンダリー・スクールが見えて来て、そこはたくさんの生徒たちが学んでいる女子校だ。坂道を突き当たりまで登り、今度は左手の山の急斜面を登って行くのだ。一歩一歩ラダック特有の崩れ易い白い土を踏みしめて、振り返るとカルギルの街全体が一望できる。スル・リバーを越えて左手に広がる緑の村はプエン村。そしてスル・リバーの手前に広がる街はカルギルのメインバザール。左手の奥の方にはバルー村が広がる。目前に左から右へと立ちはだかる山の向こう側には、緑の大地が広がっているはずで、そこにはカルギル空港もある。その大地の真ん中を刻んでいるのがレー・カルギル・ハイウェイでそれははるか彼方にあるレーの街と結ばれている。

ひたすらに山の斜面を登って行くと、山の中腹、連なる民家が終わりを告げる場所にカルギル・トゥデイ・ニュースの会社がある。会社と言っても普通の民家が会社として使われているのだ。そこからの眺めはやはり素晴らしく、絵画を切り取ったような、青と茶と緑の風景が広がる。室内にはカルギル・トゥデイ代表のホセインが今撮ってきたばかりの映像の編集をしていた。僕は去年撮りためたチクタン村のオリジナル動画をハードディスクごとホセインに渡す。仕事の合間を縫ってこれからドキュメンタリー映画の作成の長丁場に入るのだ。そしてホセインと様々な話をした。僕のNGO活動の事やこれからのカルギル・エリアの事やカルギル・トゥデイの事などいろいろな事を話し合った。
ホセインが低く独特の早口で言う。
「カルギル・トゥデイのメンバーにならないか?」
僕は仕事内容について重なるところが多いので即答する。
「オーケー!」
カルギル・トゥデイのスタッフとして観光客が入り込めないようなところまで入り込む事が出来る事や多くのカルギル地区の要人と接する事が出来き、いろいろな事に便宜をはかって貰える事や撮影技術や映像の編集技術を生の現場で学ぶ事ができるのも大変素晴らしい事に思えた。僕自身、昔は制作現場以外で長く映画の仕事に携わって来た事もあり、将来はいつか映像の世界ででも何かしていければと思っていたところに飛び込んで来た話だけにすぐに飛びついた。去年はチクタン村だけで活動して来たのだが、カルギル地区全体で活動しないと見えてこない事、出来ない事もたくさんあり、大は小を兼ねると言う事で、もちろんこれからもチクタン村のサポートは続けて行くのだが、より多くの村々にも目を向ける事ができるという大変な光栄に預かる事が出来るようになったわけだ。自身のNGO・ライフ・オン・ザ・プラネットは発足して3ヶ月しか経っていないので活動の大枠はまだ出来上がっていないが、これからいろいろな事に挑戦していければ素晴らしい事だと思う。

カルギル・トゥデイを後にして、カルギル・トゥデイのメンバーと午後からカルギルの街の高いところに広がるルンビタン村に散策に行く。カルギルの下手にある坂道を登って行く。撮影カメラマンのケージェーは気の赴くままに、感じるままにひたすら写真を撮り続けている。近くに花があれば接写で撮り、遠くに美しい村が見えれば遠景から撮り、水たまりがあればそこに石を投げ入れ水が跳ね上がる一瞬を切り取り、彼は東に要人が来るとなればカメラ片手にすぐに出かけ、西に大きな事故があればまたカメラを持ってでかけ、北に大きなイベントがあればまたまたカメラを抱えて出かけ、南に美しい景色があれば息抜きに仕事の合間に撮影に出かける。

レポーターのイシャク・シャドーは小さな国の俳優にいても不思議ではないマスクの持ち主で、練習のために英語でまくしたてるように僕に話しかけている。イシャクが100話すと僕がぽつりとひとつ返す。イシャクが200話すと僕はぽつりぽつりとふたつ返す。イシャクが300話すと僕がぽつりぽつりぽつりとみっつ返す。彼はまだ入社して二ヶ月なのだが、その素晴らしい声と英語の能力をホセインに買われ、若干18歳にして、みごと何百人ものオーディションの中から選ばれたラッキー・ガイなのだ。今はレポーター兼雑用係として大忙しだが、撮影のほうも勉強しており、ゆくゆくは編集も勉強して、数年後にはホセインのようなマルチなジャーナリストを目指している。

��0分程歩くとルンビタン村はある。スル・リバーに対して垂直に小さな谷が山側に刻まれていて、その谷の両側にこれまた小さな村が広がっているのだ。その昔谷が川だった頃そこはルンマと呼ばれていて、今はその谷は人が生活できるほんの少しの平らな場所になっており、ラダックでは平たい事をタンと呼ぶ。ルンマとタンを合わせてルンマタンという名で呼ばれるようになり、それが今ではルンビタンと呼ばれているのだ。ルンビタン村のある谷は本当に小さな小さな谷で、家も密集しているのではなく、ちらほらとお隣といい関係で存在している。緑濃い木々の間に家は見えるが、家よりも緑の部分が多く、もし車で通り抜けるとなると緑しか見えないので、ここに村がある事を感知するのは難しいだろう。この谷の美しき村は遥か昔よりずっとここに存在しているのだ。それはきっとこれからもずっと続くのだろうし、どんなに時間が過ぎてもその姿は変わらないように思える。

ladakh


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