2012年6月27日水曜日

8.スル谷のドライブ。

バルー村よりスル・リバーにそってさらに車で奥に進む事15分、静かな山間の谷にチュトク村と言うなの村がある。村に入り山側の斜面を登って行くと大きな学校のような建物が見えてくる。その建物の周りには子供から青年までが軍服を着て整列をしている。ここはアニュアル・トレイニング・キャンプというところで、通称NTCと呼ばれている。子供たちはここのキャンプに体験トレイニングに来ているのだ。そして今日はカルギル・トゥデイ・ニュースから僕とジェット・リー似のザキールがこのキャンプの取材にやって来た。指導に当たっている先生は本物の現役の軍人たちで、いつもなら緊張と危険と疲労の中にいるのだが、今日の彼らの顔はことごとく開いている。子供たちは彼らの号令で行進したり、向きを変えたり、止まったり、駆け足したり、また行進したりしている。上級生の子供たちは参加回数も多いので、列は整い仲間たちの息はかなり合っているが、年少の子供たちは列はバラバラで息も合っていないようだ。しかし楽しい遠足のような気分でできるこのような体験は、近い将来振り返ってみるときっと有意義な時間になっているだろうと思う。僕とザキールは子供たちの様子を撮影し続けている。カメラを向けるとおどけてしまう子供や、緊張して行進の手足が揃ってしまう子供、カメラを意識しないで堂々たる行進をしている子供など様々だ。最後にみんなで配給されたお菓子を頂く。グランドに置かれている机の上に色とりどりのお菓子が並ぶ。それを順番に子供たちが列をなして皿に取っていく。そしてみんなでお菓子を食べ終えると、集団での記念になる。建物を背に何百人ものざわついていた子供たちが一瞬静止してカメラのシャター音だけがグランドに響くと、またその静けさはすぐにざわめきに変わる。途中でカルギル・トゥデイ・ニュースのリーダーのホセインも合流して、今回のアニュアル・トレイニング・キャンプは終わりを告げた。

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ザキールは先に帰途につき、残った僕とホセインはスル・リバー沿いを車で流す事にした。スル・リバーは遥か彼方のザンスカールからカルギルへ流れ込んで来る。車はチュトク村を出ると徐々に川の上流に向う。スル谷の懐は深く広く、右の山から谷を挟んでの左の山までの距離はかなり長い。谷の奥まではかなり広い視界で見渡せ、遥か彼方にある真っ白な雪の帽子を被ったヒマラヤの山々が、すぐ目の前まで迫って来ているように見える。肥沃な場所に広がるスル谷の村々はこの季節いつでも濃い緑の中にある。2年前にも来た事がある古いマスジドがあるグランタン村を通し過ぎるといよいよスル谷は広くなっていく。そしてすり鉢のような地形が彼方まで続く。空は動かず、山が少しずつ前から迫っては、後ろに抜けていき、雲は流れているのか、車が動いているからそう見えるのか、それさえもわからず、でも景色が少しずつ変わっているのは事実で、村の形も常に変わっていっているようだ。左手に山脈の腹に大きなトンネルを開けて水を通す工事が行われている。チュトク・プロジェクトだ。ヒマラヤの雪帽子に青い空にさんさんと照っている太陽が、山の白い部分をよりいっそう際立たせている。すると山の帽子以外の場所もその照り返しを受けて美しく輝いている。道は相変わらず他のラダック同様、車で掘られたアスファルトの穴に土を入れたり、またはアスファルトの再敷設工事などが行われておらず、酷い状況の場所が数多くあるが、すでにドライバーたちはそんな当たり前の事に気も止めていない様子だ。

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いくつもの山や村を駆け抜け、僕たちはメイン道路から外れてスル・リバーを渡り、進むと午後の風が少しだけ吹き、徐々に森が開けると、小さな小さな村が見えて来た。ティナ村だ。村の淵に止めた車から降りると、やはり一番最初に集まっているのは子供たちで、彼らは少しの興味に飛びついてくるのだ。この村は深い緑に囲まれ、6月の雪を被っている山々にも囲まれ、初夏というよりもやっと春がやって来たというような雰囲気で、静けさの中、村の中を吹く風が荒涼たる気分にさせ、頭の片隅にわずかに冬を感じさせている。スル谷はやっと春が来たばかりなのだ。村の中の細い道を歩いていくと左側に畑が広がり、やはりその向こうにも大きな山が頭に雪を抱えてそびえ立っている。右側には離れの厠が見えて来て、細い道を挟んで反対側に一軒の家が建っている。この家はホセインの友人の家らしく、ドアをそとから軽快にノックする。しばらくしてホセインの友人が中から扉を開く。彼はラッキー・アリという名の人物で大きな体を揺すって歩いてくる。この人物はカルギル・トゥデイ・ニュースに遠い昔に在籍していたと言う事を聞いた。この部屋には昔この人物が撮影したフィルムがたくさん転がっていた。人物がそれを一つづつ手に取り、内容を説明しているその表情はまるで子供に戻ったようだった。人物は夏の6、7、8月にしか家に戻らず、この三ヶ月間は農作業をして過ごすそうだ。スル谷の冬は他のラダックの地域よりも少しだけ長く、人物のように夏の数ヶ月しか戻ってこない人は数多くいるらしい。通された部屋の台所の壁には縦にも横にも銀の食器が並んでおり、口が長く柄が水タバコの器具も冬の埃が被ったままで壁に寄りかかっていた。鶴が月に向って何羽も飛んでいる様子の日本画が、小さな額に入れられて、壁の中央付近に飾られている。しばらくして紅茶とお菓子が出来たので僕たちはそれらを頂いた。数十分も滞在しないうちにラッキー・アリの家を出ると、よりいっそう風が強くなってきたので、僕はジャケットの襟をたて、ジッパーを上まで上げる。6月のこの村はまだ春と冬がせめぎあっているようだ。谷は広いが雪山から吹き降りてくる風に冷やされて、いまだ冷蔵庫の中といったところだ。雲の流れも早くなって来たので、天気が変わる前に僕たちはカルギルへ戻る事にした。

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