Saturday 20 August 2011

7.ケッタラーマ寺のつれづれなるままに 其の一。

 スリランカのお寺では毎週土曜日の夜になると、ボーディプージャの法話会がある。スリランカ仏教では花であるとか心であるとかをお釈迦様に捧げる日がある。これはお釈迦様の教えを忍ぶため会なのだ。寺の回りに夏の夜の静かな帳がおり始めた頃、檀家の方々がお堂に集まり始める。

 ろうそくを灯したり、線香を焚いたりして、おのおのがおのおのの方法で釈迦仏に祈りを捧げている。お堂の中で祈りを捧げるもの、お堂の外の小さなパコーダの前に座り祈りを捧げるもの、もっと遠巻きにお堂を眺めながら祈りを捧げるもの、さまざまだ。
 
Sri Lanka


 檀家の方々のお祈りも一段落ついた頃合いに、僧侶のダマが大きな団扇を優雅に仰ぎながら、艶やかにお堂に入ってくる。ダマは男だ。しかし法話の時には一種独特の色気さえ感じさせる。ダマは低き壇上に柔らかく腰を下ろすと、半身は柱にはんなりともたげて、大きな団扇を片方でひらひらさせながら、お経を歌い始める。

"Buddham Saranam gacchami
Dharmam Saranam gacchami
Samgham Saranam gacchami"

 檀家の方々は一心に祈っている。歌は静かな夜とお堂にしっとりとしみ込んでいく。スリランカの夏の夜にしみ込んだ歌は、夜の涼しい闇にゆっくりと拡散していき、夜に乱舞する無数の蛍となって、今日も田んぼの淵で涼んでいるのだ。

Sri Lanka


Sri Lanka


 夕暮れ時の事、僕たちはトゥクトゥクで街に向う。街外れにあるホテルに向う。ここスリランカでは大衆食堂の事をホテルと呼ぶのだ。その露店のホテルは車が行き交うジャングルの中の街道沿いにあった。そのホテルの主人は大きなお腹をころころとさせながら、はしゃぐ陽気な男で、自分のホテルのことをジャクソン・ホテルと呼ぶ。

 僕が何故ジャクソン・ホテルなのかと云うと自分はマイケル・ジャクソンが好きで、踊りもこの通りと云って踊ってみせる。その踊りはマイケル・ダンスと云うよりもまるでひょっとこ踊りだ。しかし踊りはヘタクソだが、男が作るロティやアーッパは美味い。ロティとは小麦粉とココナッツで作ったはんぺんのようなスナックだ。

 赤唐辛子やその他のスパイスをペースト状にしたものをつけながら食べる。ほかほかのロティは歯ごたえももくもくとしていて、そのかすかなココナッツの風味にほの辛いソースが絡むと口の中に南国が広がる。アーッパは日本の薄焼きの甘味せんべいをさらに薄くしたようなやつで、型に入れてお椀型に作り上げる。

 その途中で中心にココナッツを溶いたものを入れ、僕のはそこに溶き卵を落とす。するとエッグ・アーッパの出来上がりだ。これを端から手で割りながら食べていくのだ。口の中でかりかりとふわふわと甘甘が騒ぎ出しているようで、これもまた楽しい美味しさなのだ。夜更けこの露店ホテルに座っていると不思議な気持ちになる。

 メインストリートを行き交う車とトラックの向こうに広く深いジャングルが広がる。そのジャングルはゾウや豹がいる森に繋がっているのだ。もちろん彼らは近くには生息していないが、それでも奇妙な気持ちになるのだ。空を見上げると木々の間から見える宇宙に星が瞬いているのが見える。

 耳をすますと様々な動物の鳴き声が森より聞こえてくる。香る匂いはこれもまた露店からの様々な良臭だ。これらすべてがスリランカの南国情緒を感じさせているのだ。

 この小さな美しいスリランカが、夏の夜の夢のようにあくまでもゆっくり、そして幻灯機に映し出された夏の影から海辺の太陽を覗き込むように、夢の続きと、そのまばゆさと、波に揺られ漂う人々を内に抱き、その止む事無く打ち続けているのは南の島の鼓動だ。

Sri Lanka


 ある日の午後ジャングルの中の道を歩いていると、ジャクソン・ホテルの主人がトゥクトゥクを運転しながら通りかかった。男はトゥクトゥクを止めると乗れと云う。僕は迷いながも男のトゥクトゥクに乗り込む。男は森の中の細い道を東へ西へと目的地も分からぬままとにかく走り出す。

 そしてジャングルの中のある一軒の家へ辿り着いた。男の親戚の家だと云う。子供から大人まで総勢10人以上が迎えてくれたその家族は、ここの村一帯に親類を持っており、今日はたまたまこの家に集まっていたのだ。もてなされ方もすごくて、待つ事30分程でテーブルに料理が次から次へと運ばれてくる。

 そういえば僕はスリランカ入りをしてから、僧侶からも村人からも先生と呼ばれている。しかし当の本人はなぜそう呼ばれているのかまったくわからないで今日まで来ている。この家族からも「先生がいらっしゃったわよ」とどうやら僕の事らしい。いったい僕は何の先生なのだ?しかしこの家族の料理はうまかった。

 色鮮やかなおかずは数十種類とテーブルに並べられて、それらすべてが日本にない料理なので名前もわからない。それを皿に盛られたご飯の上に少しずつ取って食べるのだ。そして僕はスリランカに来てから、なぜこんなに待遇良くされているかも皆目見当がつかないのだ。

 僕は一抹の不安を抱きながらも、全て皿の上の料理を全て平らげた。僕はこの家を後にして再び、トゥクトゥクに乗り込む。そしてトゥクトゥクはどこかに向けて走り出した。トゥクトゥクはジャングルを北へ南と走っている。そして次に辿り着いたのがジャングルの中の小さな寺だ。

 この寺の住職が出てきて、僕を手厚く迎えてくれる。このお寺はかなり古い寺だと言う事と奉ってある釈迦仏に特徴があると云う事だ。大きな岩の麓にくっつけるように作られたこの寺のお堂は中に入ると奥に長くトンネルが掘られている。岩に穴をあけた状態になっているのだ。お堂の突き当たりの部屋まで行く。

 その薄暗い部屋には横たわっているの釈迦仏があった。それは小さな寺にしては大きく、しかもその神秘性と相まって、僕は非常に興味をそそられた。僕は仏教についての知識はあまりないが、それでも「ああ!」と思わせる何かがそこにはあった。

 それはまるでジャングルの中の小さなお寺の洞窟にこんな大きな仏像があるといいなという想像がまるで具現かしたかのようであった。それはまるで僕の心が作り出した虚像のようでもあった。そしてトゥクトゥクの不思議な旅はこの寺をもって、今日の終わりを告げたのだった。

Sri Lanka


Sri Lanka


0 comments:

Post a Comment

Related Posts Plugin for WordPress, Blogger...