2011年8月13日土曜日

2.小さなジャングルの中のお寺~ケッタラーマ・エンシャント・テンプル。

 
 青ペンキをひっくり返した空が地平線まで続き、その淵を入道雲が綿菓子のように沸き立ち、横一直線に伸びる飛行機雲がその青ペンキをきれいに二分していた。クルネーガラに向うバス内は、スリランカとは思えない多彩な音楽が花を開かせていた。

 スリランカ・レゲエ。スリランカ・カリプソ。スリランカ・サンバ。スリランカ・サルサ。スリランカ・ハワイアン。スリランカ・ボサノバ。南国の音楽をすべて網羅したような選曲はここがスリランカ、中南米、南米、ハワイ、ミクロネシアなど、実際本当にここがどこの国なのか分からなくなる錯覚に襲われるのだ。

 そしてバスの面前ではココナッツの木やバナナの木たちが長い並木道を作っており、車窓からみえる平屋レンガ作りに瓦屋根の家々は点々と見え、それらが南国の音楽と相まって何かゆったりした気持ちと心騒ぐ気持ちが交互に顔を出して、その不思議な浮遊感がすごく心地よいのだ。

 時折バスが路肩のバナナの皮を編んで作られたようなフルーツショップの前で停車すると、静かに扉は開き、濃厚で豊潤な果物たちの香りは、フルーツショップから海風に乗り車内に運ばれて、乗客に甘い香水の香りを付けて逃げていく。

 そして何度も開いたり閉じたりするバスの扉はスリランカの様々な香りをその都度運んでくる。三時間ほどジャングルの緑と空の青と太陽の光の道を走るとクルナーガラの街が見えてくるのだ。

 クルナーガラの街の中心には古い時計塔が建っており、その横にはところどころを緑に覆われている巨大な石山がそびえて、その頂上には青空に映える白亜の仏陀の座像が鎮座している。街の中心はショッピングセンターのビルに囲まれたバスターミナルで、そこから絶え間なく東西南北各方面にバスが出入りしている。

 僕は乗ってきた古バスから降りると、ベーカリーショップに入り、そこで昼食を取り終え、今度はスリーウィーラーに飛び乗った。途中スリーウィーラーはムスリムたちが多く住む地区を通り抜ける。自転車に乗った子供たちの頭にちょこんと乗せた白い帽子が可愛く揺れて涼しげだ。

 この地区のモスクはキュートな成りをしていて、その姿より一目で平和な文化が感じ取れるのだ。僕はカシミール州スリナガルと対比をすると、いろいろな出来事が頭を駆け巡り、何故だか少し涙が出てきた。スリーウィーラーはクルナーガラの街を外れて、ココナッツの木やバナナの木が生い茂る小さなジャングルに入っていく。

 高い木の葉の間から時折強い太陽の光が、スリーウィーラーを射すが、森を走り抜ける時に横から優しい風が入り込んで来て、彼らは僕の体を優しく包み込む。鳥たちの鳴き声は高く広く天に響き、ココナッツの木にリスが駆け登ると、葉の横よりちょいと顔を覗かせ、僕たちの様子を伺っている。

 小さなジャングルの中に続く細い並木道の両奥に時々ぽつぽつとスリランカ南国風のレンガ作りで南国瓦の平屋の家が見え始める。30分程走るとその家々の密度も濃くなり、村である事がわかる。細い分岐の道を右に曲がると田んぼが遥か彼方まで広がっていて、カエルの鳴き声が聞こえてくる。

 その田んぼの奥深い所からまた小さなジャングルは続いている。田んぼに沿って右手に白亜の小さなお寺が見えてきた。ケッタラーマ・エンシャント・テンプルだ。僕はしばらく滞在する予定のお寺だ。

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 表に鎮座している仏陀に頭を下げながら僕は寺に入っていく。小さな犬が二匹しっぽを振って僕を迎えてくれた。小さなジャングルにあるその小さなお寺は、日本のお寺とは様相がまったく違い、あくまでも徹底的にかつあくまでも優しい南国風だ。

 レンガ作りの平屋の建物が小さなジャングルの中に点在していて、それがメディテーション・センターだったり、食堂だったり、お坊さんたちの宿泊所だったりする。ココナッツの木やバナナの木がの中にある菩提樹が辛うじてここがお寺だと感じさせてくれる素敵なオブジェとなっている。お坊さんのダマナンダ氏も出迎えてくれた。

 杉本哲太に良く似た風貌のダマは、僕が日本にいる時よりずっと連絡を取り合ってきた間柄だ。寺の中をいろいろ案内してもらう。とはいえこの小さな寺をすべて見て回るのは5分もかからない。小さなジャングルの中の小さな小さなお寺なのだ。僕には一つの部屋が与えられた。

 その部屋はベッドが付いて、そのすぐ横に小さな書斎もあり、奥にはシャワールームとトイレが付属していてなかなか快適だ。小さなキャンプ場の古いバンガローに滞在する感覚だ。しかもそれがこんなジャングルだったらなんて素敵だろうと思わせてくれるような場所なのだ。

 静寂の中に鳥と鳴き声と風の音だけが聞こえる。小さなジャングルの外には広大な田んぼが広がっていてそれは日本の田園風景とちょっぴりシンクロする。スリランカの田んぼの端っこの小さなジャングルと共に立つこの小さなお寺は、日本での田んぼの端っこにひっそりと立つ道祖神や小さなほこらとイメージが重なるのだ。

 何もないようなのに、すべてはある、そんな感じがする不思議な空間なのだ。風も太陽の光も青ペンキの空も遠くに沸き立つ入道雲もココナッツの木もバナナの木も虫の声も鳥の声も葉っぱの横から顔を出すリスも南国の小さな家々もそしてなによりも素敵な人々がいる。そうここにはきっと求めていたすべてがあるのだ。

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