2014年9月17日水曜日

42.Workshop on glacier hazard in Stok village, Ladakh on 10th September 2014

満月の光が怪しく漂う雲とストク全体を照らしていたポーヤデイ(フルムーン・デイ)のあくる朝、にゃむしゃんの館でとあるワークショップが行われた。それは氷河による災害に関するワークショップで新潟大学の教授、奈良間氏による監修の元で開かれた。彼は教授というよりも登山家のアスリート然とした風貌の持ち主で、中央アジアを中心とした様々な山の氷河湖を調査しており、とても熱く山について語る横顔はまさしく山の男そのものであった。




ワークショップの参加者が集まると、まず始めに奈良間氏はヒマラヤ・レンジ全体の氷河の状況について語り始める。
「ネパールやブータンの氷河は大きく減っています。それとは対照的にカラコラム山脈の氷河は増えています。ここラダックはと言うと氷河が少しづつ減っていっています。」
そして教授は続ける。
「ラダックの1965年と2010年の氷河の大きさを比べると、天候の変化の影響で小さくなってきており、氷河の縁に小さな湖がいくつも出来てきています。」
「中央ラダックに氷河の数は237個、ヌブラには159個、ストクには6個、ザンスカールには73個で、ラダック全体の氷河湖の数は475個に及びます。」




教授は調査の対象となっているドンカル村の状況を説明する。
「ドンカル村の上流には11の氷河湖があり、その一つに調査に入ったところ長さは400メートル、深さは40メートルありました。ここで氷河湖から洪水が生まれるプロセスを説明したいと思います。氷河が大きくなってゆく過程で、氷河上の土砂が運ばれその縁で落ちてたまった部分をモレーンと言います。モレーンの中にアイストンネルができており、このトンネルが開くと一気に氷河湖の水が流れだし、洪水がおこります。2003年にドンカルで起こった洪水がまさにこのパターンに当てはまります。そして冬季にアイストンネルが凍って塞がると、再び水がたまり氷河湖が出来上がります。この前起こったギャー村での土石流も含め、ラダックの多くの洪水がこの例になります。」


ここで村人から次のような質問が入る。
「ストクのベースキャンプの方へ歩いていくときチョルテンチャン(チョルテンのある場所)の方から、わしらの良く使う民族楽器のような音が時おり聞こえてくるんじゃ。なんだかこぉきみぃ悪ぅくってのぉ。」
教授はその質問にこう答える。
「それは氷河の上を滑り落ちてくる土砂がつねにモレーンのところで崩れ落ちているのでその音です。サテライト映像ではストクには氷河湖が写っておらず、しかしドイツの調査団の話では七つの氷河湖があると言っておりますが、コバさんが直接確認しに行った話によると、氷河湖はなかったと言う事です。」

次に教授は中央アジアの国キルギスタンの氷河湖について語り始める。
「キルギスタンの洪水も基本的にはアイストンネル型になります。特徴的な事は突然湖ができると言う事です。これはショート・リブズ・グレイシャー・レイク(short-lives glacier lakes )と言い、このプロセスをちょっと説明してみましょう。キルギスの例ですが、気温が低かった1950年代から1960年代にかけて氷河が大きく育っていきます。ある年の春先から夏にかけて気温が上昇しモレーンの内側の氷河が溶けてゆき、短時間で氷河湖が出来上がります。このときはモレーンの内部のアイストンネルはまだ塞がっています。そして夏の暑い時期、そのアイストンネルは溶けて開くと、氷河湖の水は一気に流れだし、氷河湖のは無くなります。これが短期間で氷河湖が出来そして無くなるショート・リブズ・グレイシャー・レイクの原理です。ラダックのドンカル村でも2011年に突然氷河湖ができ、2012年には水が流れ出て、水位が二メートル下がっています。」


そして教授はパキスタンの例を語り始める。
「パキスタンのタリス村で2011年の7月26日に長さ200メートルもの氷河湖が現れます。これはアイストンネルが塞がって水が一気に溜まったためです。そして7月30日にアイストンネルが開き大きな洪水が起こります。この時130もの家が流されています。」

次に教授は再びラダックのギャー村の土石流の話題に戻る。
「今年の八月に起きたギャー村での土石流の時は家が二軒流され、フィールドもとても大きなダメージを受けました。氷河湖についてですが2014年までの毎年、そのサイズを徐々に大きくしていっています。また2003年と2014年の土石流の直後は氷河湖はきれいになくなっております。ギャー村は谷の底にあり、その平たい場所に家々が建っております。この地形はvalley bottum plainと呼ばれ、土石流が起こると谷は岩や砂で埋まりやすい地形をしております。2010年のラダックの大洪水の時のピャンとタルー村での被害はこのタイプとなります。」


次に教授は地形の危険性について語る。
「土石流が起こった場合の危険な地形は三つに分けることができ、一つ目はSurface of allvial fanと呼ばれる地形で千畳敷の形をしており、一度土石流が起こると川の流れに沿うことなく常に流れの位置を変えていきます。二つ目はValley bottum plainと呼ばれこれは先ほども説明したように土石流が谷を岩や砂で埋めてしまいます。三つ目はRiver side River concaveといい、曲がりくねった川のカーブポイントの外側と内側が危険箇所です。」

また教授はストクについて言及する。
「ストクエリア全体では今までに6つの氷河湖が確認されておりました。そして近年では2010年7月22日から25日、2012年7月29日に土石流が確認されております。モレーンにクラックが確認された後、高い確率で土石流が起こっております。洪水後の堆積物が溜まっているエリアでは、大きな雨が降った後にまたそれらが土石流として流れ出すかもしれません。氷河湖が大きくなっている場所では土石流が起こるかもしれません。また新しく氷河湖が作られたらその90パーセントは後に土石流を産み出しているというデータもあります。」

そして教授は続ける。
「ではどのような対応策が考えらえるでしょうか。私たちは過去に土石流が起こった場所と多くの情報が載っているサインボードをスタート地点に設置する事ができます。またガイドさんたちはそれらの情報を知っておく必要があります。村の人たちもそれらの情報を知っておく必要があります。災害が起こったら村の人たちによってその状況を記録しておく必要があります。」


そして教授は最後にこう締め括った。
「私たちは将来的にトレッキングの地図に災害予防のための情報を加えた地図を作っていきたいと思っています。また災害が起きたときに記録してくれる家庭が最低二軒はあるとありがたいと思います。サインボードは来年にも設置していただけたら、それはこちらで予算として計上します。今日本の衛星は二週間ごとにこのエリアをチェックしております。ゆくゆくは異変の前兆をつかんだら、衛星からインド政府、インド政府から地域の代表者、そこから村人へと即時に伝わるようなシステムを考えていきたいと思います。どうもありがとうございました。」

ストクでのワークショップは、村人たちの熱心な反応もあり、無事成功利に終わり、研究成果が生かせるべく、来年のプランへの道も大きく開けたようだった。新潟大学の奈良間教授、ラダックのために本当にありがとうございました。


僕はチョグラムサルにあるアパートに戻り、同居人のロータス・チョグザンへ今日のワークショップの内容を報告すると彼は彼なりの大変興味深い意見を提示してきた。

「僕が時々飛行機でレーにいく時、窓から見るラダックの様子が年々変わってゆくのが分かった。スモッグで山が霞んで見えるんだ。とても悲しかった。近年の土石流の根本的原因も徐々にではあるが、ラダックに住んでいる人たちも徐々に気付き始めている。ラダックの急激な近代化によって、車が増え飛行機の便数も増えて、そこから出る大量の二酸化炭素によって、ラダック全体の温暖化が進み、その警告が近年頻発している土石流となって現れている事を。昔、デリーではスモッグの被害がとても顕著に現れていた。その後いろいろな対策がとられ、現在の状況はかなり良くなってきている。ラダックも人によって壊されていくものは、人によってしか修復できないのだと思う。日本の大学が提示している土石流の予防策にプラスして、二酸化炭素の量を減らすべく対策を敷いて、氷河が溶けていく現象を食い止めるような根本的な解決に結び付けるようにしたら良いと思う。」

そういうとロータスはヒマラヤの山の端に沈みつつ太陽を見ながら、ゆっくりとお茶をすすった。



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