2014年9月17日水曜日

41.にゃむしゃんの館。

にゃむしゃんの館。ストクの村のさらに奥、ストク・カングリへのトレッキング・ポイントの拠点となる場所にその素敵なゲスト・ハウスはある。日干し煉瓦壁に埋め込まれている古い木製の扉の上には暖かな文字でNEO LADAKH にゃむしゃんの館と書かれている。そんな扉を潜り抜けると目の前にラダックの伝統的な作りをした大きな家が古き良きライフスタイルを主張するかのごとくデンと建ってる。日干し土煉瓦で作られているその家の肌は、ラダックの目も眩むような青い空に良く映えるなにげに土香の薫る白色である。そんな壁に寄り添うように階段が付けられ、その足元には9月のはんなりと引き締まった空気の中、幾つものコスモスが気持ち良さげに揺れていた。






階段を数段上ると二階の踊り場には生まれたばかりの赤ん坊を抱きながら優しく包み込むように笑っているのは、にゃむしゃんの館のオーナーのスタンジン・ワンボさんの奥さんの悦子さんである。
「よく来てくださいました。去年も来てくださったみたいで、ブログで拝見しました。ちょうど日本に行っている時で、私たちが不在だったみたいで・・・。」
といいながら彼女は朗らかに微笑んだ。そして僕は二階にあるとても大きな部屋へと通された。キッチンとリビングがひとつになっているどこか懐かしい作りで、昔の呉服屋の帳場にあったような低い間仕切り板で部屋が仕切られており、キッチンは広々ととられ、その壁にはラダック式のシェルフが備え付けられていて、そこには伝統的なラダックの銀食器が置かれている。いかにも古そうな木製のキッチン台にコンロが置かれ、その上でゆきしろ鍋が湯気をたてていた。



窓からは秋の柔らかい光が部屋に差し込んできており、窓際に立て掛けてある本たちはいかにも眠たそうに隣の本たちに寄りかかっている。僕はその中の一冊を手に取ってページを繰る。パウリョ・コエーリョのアルケミストの日本語版だ。僕が好きな本の一冊が置いてあるので少し嬉しくなる。スペイン、アンダルシア地方の一介の羊飼いだった少年が夢を求めて海を渡り宝物を探す物語で、北アフリカのエキゾチックなマーケットから始まりサハラ砂漠を渡って、待っていたのはアルケミスト・・。これは僕の心をより自由にしてくれた忘れられない一冊だ。窓際の棚には写真集から洋書まで気持ちよく並べら得ており、午後の麗らかな空気の中で開くページには目を細めたくなる。



また部屋の入り口の横にはさりげなくかつささやかにラダックの伝統的な工芸品が並べられており、それらは手製の靴だったり、ソックスだったり、手袋だったり、ニットキャップだったりする。天井の梁もラダックの火焔樹ことポプラの枝をふんだんに使っており、黒光りしているその色からも長い年月煙でしっかりと燻されたとても古いものだと言う事がわかる。



そして温かい紅茶が出てきた。紅茶の付け合わせにパンも添えられており、それはムスリムの村でよく見られるパンで、薄い生地が何層も重ねられて焼かれているのにもかかわらずとても堅いパンだ。紅茶やバター茶に浸け、少し柔らかくなってそれらの味がほんのりと付いているところをがぶっとやるのがきっと正しい食べ方で、さもなければぼろぼろとパン屑をこぼしながら食べることとなる。

しばらくのんびりとした後、庭に出てみる。庭はとても広くその土地は日干し土煉瓦塀で囲われてはいるが、塀の向こうにもにゃむしゃんの館の土地が続いていて、それは小麦畑になっている。庭の中には日干し土煉瓦がうず高く積まれて置かれており、聞いてみるとそれは新しく作る冬用の居住区のための物だという事だ。ラダックの冬はコンスタントにマイナス25度を打ち出すほどの寒く長いもので、伝統的な古民家の保温性はとても低く、いたるところに風の通り道ができるその家の作りはラダッキでさえも、とても骨身に凍みるものだ。

庭の半分は野菜畑になっていて、そのまま食べても十分うまい人参、そのまま食べると口の中にジュワッと甘味が広がる株、キャベツ、ジャガイモ、ブロッコリ、グリーンピース、そしてトレッキング中にこの香りが野草の中から漂ってくると、疲れも飛んでいってしまいそうなパクチーが植えられている。このパクチーはここでは二種類植えられていたが、もう一種類香りは同じで姿がまったく違う野菜がチクタン村に植えられていたのを覚えている。野菜は夏場には豊富なのだが、これが冬場になるとほとんど無くなり、食べられるのは乾燥野菜ぐらいになってくる。それはそれでまた季節ものとしてはおつなのだが、栄養のバランスをとにかく考えたがるとある国の人々にとっては時に悪夢かもしれない。





そんな時、東京から学生の旅人さんがにゃむしゃんの館にやってきた。彼女はとある大学の農学部の学生で、きっとラダックの自給自足に近い農業に興味を持ってやってきた方だと思う。大広間に通されて彼女に温かいお茶が出される。来年から大学院に進むという話も聞いた。このラダックを見ることで未来の農学の研究に少しでも役に立ってくれればいいなと思った。

話は変わるが9月に入ってからここラダックの天候はずっとすぐれないでいる。雨の日が多く、気温もとても低い日が続いている。
「つい最近、ギャーの村で土石流があったのよ。」
そう悦子さんは言う。僕はこの前ヌブラで土石流があった事は知っていたが、ギャーの村での事は知らなかった。
「2010年の大水害の時はストクから流れてくる清水が突然茶色く濁りだしたの。今はまだそこまではいってないから大丈夫だとは思うけれど。」
そして興味深い話を始めた。
「このストク・カングリには氷河があるの。昔々その氷河に囲まれるように大きな氷河湖があって、氷河が決壊した時にその氷河湖の水が一気に流れ出したの。そしてどうなったと思う。インダス河の対岸のあのカルドン・ラまでその水は登っていったと言われているの。最近ストク・カングリの氷河湖の調査に入った調査隊から現在氷河湖に水は残っていないという報告も受けているわ。だからストクはとうぶん大丈夫だとは思うけれど・・・。」
そしてこうも付け加えた。
「来週の水曜日にその調査隊のワーク・ショップがこのにゃむしゃんの館で行われるわ。もしよろしければ来ませんか?」
「もちろん喜んで。」
という事で僕はそのワーク・ショップに参加させていただく事になった。僕は水害がきっかけでこのラダックと深くか関わる事になったわけで、その原理を深く知っておくのも悪くないと思った。窓の外の空はまだどんよりと曇っており、時おり小粒の雨が降ったり止んだりしていた。9月のラダックに少し早い冬がやって来ているようだった。





今は使われていない昔の台所。

今ではラダックでも、とても珍しくなったチャン(お酒)の貯蔵庫がにゃむしゃんの館にはある。

ストクからレーとその背後の峰々を望む。



1 件のコメント:

  1. 悦子さんをご紹介いたしました。

    「後藤和弘のブログ」の今日の記事です。
    「北インドの僻地に住む日本女性、池田悦子さんの幸せな暮らし」


    有難う御座いました。

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