Sunday 11 May 2014

1.ふたたびラダックへ。


灼熱のデリーを飛び立ち、一時間ほどで冬のヒマラヤが見えてくる。太陽が辺りを照らし始めると、窓から見える景色が徐々にその正体を現し始めた。地の果てまで真っ白な衣をまとっている世界有数な高峰を、機上から見下ろす感覚は、宇宙飛行士が宇宙から地球を見下ろす感覚に似ているのだろうか?しばらくぼんやりと機窓からそんな地球の表情を眺めていると、白きヒマラヤの尾根の間に広大ななめし色をした大地が眼前に広がり、その懐を悠久のインダス河が悠々と流れているその様で、そこはラダックの原野だと分かる。夏の緑煌めくラダックとも、秋のこがねいろが実り輝くラダックとも違う、冬には太古が甦ったような原野のラダックがただあるだけだった。



”ああ美しい”と思う。

飛行機は、高度を徐々に下げるとその翼が渇いた山々をかすめるように滑空する。僕の視線が大地に近づくにつれ、車輪が滑走路に触れる瞬間をいまかいまかと待つ乗客たちの緊張が、機内の空気をはりつめさせている。次の瞬間、機は心地よくバウンドを繰り返しながら、滑走路を疾走し、翼の縁をひょいと持ち上げて空気を捕らえたかと思うと、減速しつつ静かに止まった。

機に横付けられたタラップを降り、ミニバスでターミナルに運ばれ、荷物を受け取り、空港の外に出ると一人の男が待っていた。男の手にはダンマ・ハウス(Dhamma House)と書かれたボードが持たれ、日によく焼けた顔とごつごつした指は働き者のラダッキのそれであった。男の名はヴィヴェックと言い、先日までお世話になっていたゲストハウスの御主人だ。実際に会うのは今日が初めてで、去年彼はダンマ・ハウスに不在だったが、奥さんのアンが代わりに切り盛りしていた。

さっそく僕たちは車でダンマ・ハウスに向かう。しばらく走るとチョグラムサルの村が見えてきて、数年前の大洪水により大自然が人間界につけた爪痕が大きく残っていた。村人はよくこの洪水を空からやってきたツナミと呼ぶのだ。未だに村の大部分は原野ではなく荒野であった。家屋ほどもある大きな石がゴロゴロと辺り一面に広がっている。しかしその間にポツポツと家が立つ。冬の荒波が削る崖に咲くスイレンのように、ここでは虚無と希望が両立している。自然を力で押さえ込むのではなく、受け入れて寄り添うのだ。今までもそうだったし、これからもきっとそうなのだ。

今年はカラーチャクラの年だ。カラーチャクラというのは数年に一度行われるチョグラムサルでのダライ・ラマによるティーチングの事で、世界中から観光客が集まってくるとても大きなイベントだ。7月3日から14日までとり行われる。来る人すべてに窓口は開かれ、そのすべての人が参加できるのだ。今は急ピッチでその準備に追われている。レーの街中の道路はアスファルトをひっ剥がして下水管を引く工事が行われているのだが、とてもカルチャカまでに間に合わないように見える。またティーチング会場であるここチョグラムサルでも会場を設営する準備が行われているのだが、広い荒野が掘り返されただけの状態になっていてとても間に合いそうにもない。でもきっとうまくいく。魔法の言葉、All is well. 今までもそうだったし、これからもきっとそうなのだ。

チョグラムサルを抜けるとインダス河が見えてくる。河にかかる武骨な橋にはたくさんのルンタがラダックを駆け抜ける風にたなびいており、ここもチベット仏教の聖地なのだと実感させられる。

インダス河を渡り、ストクの千畳敷の広大な台地を駆け抜ける。冬から春にかけては毎年強い風がラダックの大地を揺さぶり続ける。時々家々の屋根が崩れる。時々しんしんと降る雪が大地を刺すようなひょうに変わる。しかし雲の間から射す光もまた大地を温かく包み込む。陰と陽が絶え間なく入れ替わるこの季節は、自然界から見ると生命が生まれる躍動点であり、人間界からみるとそこはかとなく宗教的な薫りがする。

石や土煉瓦が積まれただけの垣根が、ストクの千畳台地に立つ家々や畑の間を縫うようにして走る。その垣根の細い道が途絶えたところにダンマ・ハウスがある。

ダンマ・ハウス。

ゲストハウス兼メディテーション・センターになっていて、同じ敷地内に完成したばかりのイングリッシュ・スクールが併設されている。あたりまえなのだが、この学校の校長でもあるヴィヴェックはとても流暢な英語を話す。週末になると周辺の村々から多くの学生たちが英語を学びに来る。このイングリッシュ・スクールとダンマ・ハウスは表裏一体で仏教的なアプローチで英語を教える。ここでの日常会話はもちろん英語だ。そしてここからがこの学校の真骨頂だ。ここラダックの仏教はいうまでもなくチベット密教を母体としたヴァジラヤーナだ。しかし面白い事にここのダンマ・ハウスでは原始仏教のテーラワーダ(上座部仏教)的アプローチで英語を教えていく。いや逆かもしれない。西洋圏的アプローチでテーラワーダの教えを説いてゆくのだ。このラダックでテーラワーダを説いている学校はここだけだ。僕は以前一年半ほどスリランカでテーラワーダのお寺に滞在していた事もあり、再びこの広いラダックにやって来てテーラワーダ系の施設にお世話になっている事に偶然を越えた不思議な縁を感じた。そしてシーズン中の六、七、八月ともなると世界中から多くの旅行者がここに滞在する。三ヶ月ほど滞在するつわものも中にはいる。そして一番の驚きは食住がすべて無料というところだ。しかしただそれだけが魅力で世界中から人が集まるわけではない。ヴィヴェックというこの人物の魅力によるところが大きい。インド映画”きっと、うまくいく”の主人公のモデルは彼なのではないかと時々いぶしがっている自分がいる。それほど魅力的な人物なのだ。ここはゲストハウスが本業ではない。またイングリッシュ・スクールだけをやっているのではない。ヴィヴェックは毎年、貧しくて学校にいけない子供たちの学費を無償で払ってあげたり(今年は10人ほどの子供たちの学費を払い続けている。)、時々は心豊かに過ごせない人々との対話を行ったりしている。







ダンマ・ハウスに興味を持つ日本人の方がいるかもしれないので詳細をのせておきます。

Dhamma House, Stok, Leh Ladakh, J & K, 194 101, INDIA
Mobile: 91 +9622978828
E-mail: t_n_vivek@yahoo.com
              find.tn.vivek@gmail.com

レー到着日と時間のメールを出しておくと車で迎えに来ていただけます。

           

























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