Saturday 4 January 2014

7.モラビアン・スクールの先生との宴。

子供たちが学校の授業が終わった後の夕刻に、モラビアン・スクールの先生から夕食会のお誘いがあった。学校先生は校舎の二階部分に住み着いている。校舎自体は伝統的なラダックの工法で作られた質素な様式よりも、もっともっと質素な作りをしている。教室に入ると冷え冷えとした土の上に机や椅子が並んでいるのが一階部分だ。先生方が居住している二階部分も似たようなもので、さすがに土間ではないけれど、きっと土を引詰めた薄い床に薄いセメントが塗られた床で過ごすのだ。

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学校の二階に行くには外階段を登って行く。生徒たちが二階の居住スペースに自由に出入りできないよう階段を登り切ったところに手製の扉が取り付けてある。その扉を開けると二階のテラスに出る。去年はそのテラスには手すりが取り付けておらず、落下の危険性がある作りだったのだが、今年は手製の木製の手すりがつけられている。そして扉から二つ目の扉から教室に入ると、そこには寝袋が引詰めてあった。晩餐の準備は粛々と先生方が交代しながら進めている。僕は教室に入ると一つの寝袋の上にあぐらをかいて座る。外を見ると夕陽はヒマラヤの山々の向こうに沈み始め、山の端がオレンジ色に縁取られ、ほの暗い空の中にいくつかの星が瞬き始めていた。

「ここは寒いね。僕が住んでいたアッサムとは比べ物にならない程寒い。」
アッサム州から来たアジアン・フェイスの若者はそう言うとにこりと笑う。
「アッサムの僕の村はホンジョが来ても全く目立たない程モンゴロイドが多い地域なんだ。逆にヨーロッパ人が滞在したら地元の警察にいろいろ質問される。ホンジョは現地の人と間違えられるからまったく問題ない。」
「そこの村は何か美味しいものはある?」
僕が質問する。
「そうだね。あるよ。蛇。これは美味いよ。焼いても美味しいし、スープに入れても美味しい。日本人も蛇は食べるんだろ?」
とアッサムの青年は質問を僕に向ける。するとスリナガルから来たスキンヘッドの先生が横から、
「確か日本人は犬を食べる種族だと学校で習ったぞ。」
と言う。どんな学校やねんと僕は少々驚きながら
「そんな文化は日本にはない。きっとその先生はどこかの国と勘違いしてると思う。」
そう言うと、モゴロイド圏のアジア人はきっといろんな国で全て同じ文化だと思われている節があるし、日本という国に興味がない人々にとっては実際そう思っている人が多いと感じた。
「一度日本食を食べた事がある。」
スキンヘッド先生がほの暗い灯りで言う。そして次の瞬間、実に謙虚に嫌な顔をした。
「一体全体あの食べ物はなんなんだ。今思い出しただけでもこのへんが気持ち悪いぞ。」
と自分の喉をかきむしるような動作をする。
「そしてすぐトイレに駆け込んで俺は吐いた。そして1人便器に座ってしくしく泣いたんだ。」
僕は質問をする。
「一体何を食べたんだ?」
「生魚・・・。それは焼かれてもいなかったし、煮られてもいなかった。一体あの臭い食べ物はなんなんだ。日本人はあんな物を食べているのか?」
「あれは、”さしみ”と言って日本での伝統的な食べ方だ。日本人は魚を生のままでも食べる。なれると美味いぞ。今度また食べに行くか?」
「ノーサンキュ。」
そいうとスキンヘッド先生は顔をしかめた。
「さしみよりやっぱり蛇だよ。アッサムには美味い蛇がたくさんいる。日本人は蛇を食べると僕も学校の先生から聞いた事がある。美味い蛇は好きだろ?」
とアッサム先生は言う。
「探したら蛇を食べる日本人はいるかもしれないが、少なくとも僕は知らないし、聞いた事もないなぁ。」
そう僕が言うと
「僕の村に来たあかつきには、ごちそうするよ。今年は10月20日前後に学校も冬休みとなって、僕は村に戻るので、その時までチクタン村にホンジョがいるなら一緒に帰ろうか。」
とアッサム先生。
「10月の頭で日本に一時戻る予定なので、きっとアッサムには行けない。来年に来た時、蛇を食べさせてもらうよ。」
と僕。

そろそろ料理が出来上がったようだ。床に皿が並べられる。基本的にこの村で手に入る食材は決まっているので、お金を出して買い物をするならば、鶏肉が最上級品になる。村にある小さな荒物屋の隣りの茶屋で鶏を飼っていて、買う時にその場でしめてもらうのだ。そして男たちは学校二階の元教室であったところに持ち帰り、無骨な手でそれを捌いて、鍋に落とす。ざっくりとかき混ぜて、自分が過ごした村の料理を思い出しながら、一歩づつ、勘を頼りに作って行く。換気扇はないので部屋の中は煙でもうもうとしているが、そんなつらさは、涙ぐましい努力の紆余曲折を経て目の前に出された料理が吹き飛ばしてくれるとその時は思った。大皿の上には鶏肉とピーマンをカシミールのとても濃いチリソースに絡めたものがのっている。一口頂く。なかなかいける。なかなかいけるのだが、多くを望むと確実に胃にもたれる。あなたが、もしどこかの遠い国の教室の一室で先生から料理をごちそうになる機会を得たなら、いろいろ気をつけた方がいい。今までに経験した事のない胃のもたれ方になるかもしれないし、気を緩ませると胃もたれと下痢が同時に来るかもしれない。しかしそうなりそうでも細心の注意を計りながら運を天に任せるしかない。異国での気合いが入った料理は、繊細な日本人の胃にとっての副作用がなかなか大きいのだ。

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その後に、大皿にご飯をたっぷりとのせ、その上に鶏肉とカシミールスープがたっぷりかかったものが出てきた。スキンヘッド先生作だ。既に胃の調子は最悪だが、がんばって平らげる。美味いのだが、とても濃くて生きのいいスープが頑固に胃に絡み付くと、音をたてて腹圧が上がった。心の中ではかなり動揺をしているのだが、”美味いか?”の問いに、とびっきりの笑顔で”美味い”と返すとまた大皿にお替わりのご飯と鶏肉がたんまりとのる。それも時間をかけ食べ終わると、前菜が終わったから、次はメインディッシュだと皆が言う。次はアッサム先生作。大皿に盛られたものはご飯とその上にのった鶏肉とスープだ。さっきと見た目は変わらない。がんばって一口食べる。スープが日本人好みの優しい薄い味なのだ。ここで胃の調子は下降状態から横ばいになる。助かったと思う。悪い状態のまま現状維持だ。料理をたっぷりな時間をかけ平らげると、僕はトイレに駆け込んだ。

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食事も終わり宴もたけなわが過ぎる頃、アッサム先生がギターをつま弾き始める。ポロローンとチクタンの夜に静かに染み渡る。どこかで聞いた事のあるフレーズ。それはクラプトンのティアーズ・イン・ヘブンだった。

「ウッジュ ノーマイネーム
 イフ ユー ソー ユー イン ヘブン
 ウディット ビー ザ セイム
 イフ アイ ソー イン ヘブン

 アイ マスト ビ ストロング
 アンド キャリ オン
 コウズ アイ ノウ アイ ドン ビロン
 ヒア イン ヘブン・・・」

 もし天国で会ったなら
 僕の名前を憶えていてくれるだろうか
 もし天国で会ったなら
 前と同じようにいられるだろうか
 僕は強くならなければいけない 生き続けなくては
 だって僕はわかっているから
 自分が天国にいるべき人間ではないってことを・・。


宴はしんみりとクライマックスに突き進み、皆クラプトンを静かに口ずさむ。チクタンの夜はこうして更けてゆく。そして僕らは寝袋にくるまりつつ、まったりしながら、窓の外に瞬く星たちを数えながら眠るのだ。

chiktan

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