2013年11月15日金曜日

3.カルギルの街。

カルギルの街の朝は、タキを焼く匂いと通学の子供たちが行き交う雑踏で始まる。カシミール・ブレッドのタキは、小麦粉を手早くこねて平らに丸く広げ、凹凸をつけたのを、良く熱せられた大きな壷の内側に何枚も貼付けていく。数分でパンに火が通り、こんがりと焼けたパンの匂いが朝のカルギルの通りを漂っていくのだ。茶屋の主人たちはこのこんがりと焼けたのをまとめて仕入れるが、個人客でも一枚、数ルピーで買う事が出来る。茶屋はカルギルの街道沿いにたくさんあるが、行きつけの茶屋は、やはり一つとなる。茶屋の善し悪しは、入って味わうまで分からないが、そこが生涯の共となるのか、一回きりさよならとなるのかは、様々な理由が絡んでくる。茶屋のご主人の笑顔が良かったり、新規客なのに思いもよらずまけてくれたり、そこのタキが自分に合ったり、オムレツがとても美味かったり、またお茶の風味がとても良かったりといろいろある。カルギルの男たちは40を越えると目尻に深い人生が描かれ、みんな一様に田中邦衛のようないい顔になる。そんな僕が毎日訪れる常連の店は、やはり目尻に良い年輪が見えるおやじが店主の、小さいけれど、カルギルの下町を満喫できるいい店だ。出来立てのタキは、フライパンで手早く調理したオムレツに熱々のダル、またはミルスが付け合わせで出てくるので、一緒にちぎりながら少しずつぬぐうようにしてそれらをつけて食べるのだ。

chiktan




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毎年次々と新しい食堂が出来ていくのには、驚かされる。カルギルに限った事ではないのだが、ちょっとした街になると観光客向けの食堂というものがあり、味はそこそこ以上なのだが、とにかく高い。地元の人はまず入らない食堂なのだ、好みや旅行スタイルにもよるが、僕もまず入らない。リサーチのためにメニューと値段は確認するが、僕のスタイルではないので、そこで食事は取らない。僕の好みの食堂は、地元の人たちも気兼ねなく入り、料理も美味く、リーズナブルで、ご主人の人柄も抜群なところだ。これら全てが叶う店は限られてくるのだが、数ヶ月滞在すれば自ずと心地良い場所が見つかる。そういう食堂は本当は大事に心の中にとっておきたいものなのだが、でも少し語ろうかと思う。バザールに沿って南のバルー方面へそぞろ歩いていく。クランク型の道を過ぎる時に振り返ってみると、大きなイスラミック・スクールがバザールに沿って鎮座しているのが見える。そして視線を道の左手に向けると、ビルの二階にチベタン・フーズ2の看板が掲げられている食堂が見える。ここもなかなか地元の人たちには人気の店なのだが、ここも黙って通り過ぎる。実際この店は美味しいチベタン料理が食べられるし(レーに比べるとまだまだだが)、値段も安く、食堂自体も広い作りなのだが、実際はチベタンが作っているわけではなく、あくまでもカルギリーだ。そしてこの店から一分ほど歩いたところ、左手にフルーツの屋台が建ち並び、右手には細い路地が見える。この路地を入っていくのだが、路地がすぐ突き当たりになる手前の右側の店が、僕がひいきにしている食堂なのだ。毎日という程通っているのだが、未だに店の名前を知らないし、ずるずると日にちだけが過ぎて、つまるところ聞く機会を逸してしまった。いまさら聞けない状態なのだ。この店の押しは主人は気さくで笑顔がすばらしく、また気遣いもどことなく心地よいのだ。そして入り口でチャパティを焼いてる店員はすこぶる面白く、猫の声まねでよくお客を惑わすのだ。まったく日本にはいないタイプの人間だが異文化がいたるところからにじみ出ていて、それが感じられ、とても楽しいのだ。料理は文句がつけようも無く美味いし、僕は本当にここの味が大好きだ。とくにお勧めなのがチャパティを二枚重ねてかりっとフライパンで焼き上げたのがある。これをベジタブル・ダルやチャツネと合わせて食べるとそれはもう・・ハフハフしながらの至福な時。紅茶で舌を洗いつつ、そして至福な時は続く。

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カルギルの宿泊施設は今や星の数程にある。街道沿い、路地裏、坂道、ヒマラヤが一望できる高台などにひしめくように建っている。安いゲストハウスから高級ホテルまで、それは数年前とは考えられないような変わりようだ。以前は観光客もほとんどおらず、いてもそそくさと通過されていく程度の街だったのだが、今やオンシーズンとなると世界中から、人が集まってくる。トレッキング、ヌンクンなどへの登山、ザンスカールへの入り口、ラダックのムスリム文化に興味がある人たち。またスリナガルからレーからのツーリストたちが行き交う交差点でもあるのだ。僕が利用する宿泊施設もほとんど決まっていて、初めてここに訪れた時に利用したマルジーナ・ホテルだ。以前は回りに何もなかったのだが、今はすぐ隣りに新しいホテルの建設が始まっている。このホテルは一泊400ルピーからでオンシーズンは少し高くなるが、交渉しだいで安くはなる。位置的にはメインバザールの中心部で、ネットカフェもすぐそばにあるので、立地条件は最高な場所だ。

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バス・スタンドと近郊の村行きのタクシースタンドは、去年とは場所が変わり、バザールよりバルー方面へ五分程歩いたスル・リバー沿いに移っていた。そこから毎日チクタン方面には午後出発のシェア・タクシーが出ているが、午前中までに予約をしなければならない。9月下旬は観光のオフシーズンに入っているのだが、バススタンドは地元客でいつもごった返している。9月のヒマラヤの日差しは想像よりも熱く、昼ともなるとぐんぐんと気温が上がり、タクシー出発時間までの待ちの間は車内は蒸し風呂になる。そして窓からふと目を外に向けると、赤いプラスチックの箱に小さなタイヤと日よけの傘を被っているアイスクリームの販売車が、けだるく物憂気な表情の販売員に引かれていた。車から出て、さっそくアイスクリームを頼む。日本のコンビニやスーパーマーケットで購入するアイスクリームに慣れている人たちから見ると、きっとそれは30年とか40年とかもっと昔の光景を思い出す人がいるかもしれない。とてもシンプルでアイスクリームの原点とも言えるアイスなのだ。しかしやはり食はの美味しさは場所につくらしく、このヒマラヤの炎天下の中で食べるアイスはとても美味しいし、楽しいし、きっと忘れられない思い出になるはずだ。そしていつしかタクシーはチクタン村への出発の時刻を迎えるのである。



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