ウルパタラガマ村を出てトラックの荷台に揺られている。長い長い鉄道は、僕が行く道に寄り添うように並んでおり、たまに通り過ぎる車軸はその重たい体躯をのろのろと引きずるように進ませている。紺碧の空の下、灌木の森はどこまでもどこまでも広がりを見せ、時折視界が大きく開けたかと思うとそこには、空の色と変わらない水面光る湖が横たわっている。灼熱の太陽に震える鉄橋の下にとうとうと流れるスリランカ最大のマハウェリ川が見えてくる。川は水が豊富な地帯よりこの乾いた土地へ命を運んで来てくれる。この大地に流れる栄養豊かな水はここで生物をはぐくみ、植物をはぐくむ血液となる。マハヴェリ川を渡ったところで文化的な違いも現れてくる。マハヴェリ川より西側は仏教徒の村がばかりだったが、渡ったとたんにヒンドゥー寺院が目につくようになり、タミル語の看板が増え、ヒンドゥー教徒の村が多い土地に入っていったのが分かる。
低木地帯の道を行き、寂しい荒涼とした場所にぽつんと小さな小さな駅が見えた。その駅の脇を側道が踏切を渡り、そこを小さな荷台に僕を乗せてトラックは進んでいく。目の前の寂しい場所にスリランカ軍の検問所が見えてくる。ここから先は軍の許可がないと入れない。その場所の名前はトッピガラ。さきの内戦ではスリランカ一の激烈な戦闘が繰り広げられた場所だ。検問所を通り過ぎるとより静かなる灌木地帯が続き、その中にひび割れた土壁の上にトタンの屋根をまとった貧しい家々が点在しているのが見えた。彼らは内戦で辛うじて生き残った村人で、トッピガラ内の村落は丸ごと破壊されてしまったので、国連UNHCRや世界中のNGO団体の寄付により建てられた家々だと言う事話を聞く。すでにこの地区の地雷除去も終わり、やっと村人は平静さを取り戻したかのように見える。今はインドを中心に世界からぞくぞくと難民がスリランカに帰って来ている。元LTTE(タミル・イーラム解放の虎)幹部の職業訓練もこの東部地区で行われているようだ。その一方でタミル人の難民への迫害の話も外国の新聞ルートで聞こえてくる。今年の6月にはスリランカからオーストラリアへ向けて航海中の200人程のスリランカ人を乗せた難民船が転覆している。戻ってくる難民もあり出て行く難民もある。内戦後のスリランカは平静を装いつつも、まだまだいろいろな問題が見え隠れしている。そんな事を考えながらトラックの荷台に揺られていると、目の前が突然開け青く美しい湖が飛び込んでくる。低木林を洗う風は湖上をも自身の手で優しく撫でつける。湖面にときおり立つさざなみは、その縁まで辿り着くと柔らかく砕ける。さざなみが止まると圧倒的な静けさが湖を包み込んだ。その沈黙の美は原始の声だ。時間はいつまでもいつまでも止まり続ける。湖の縁の灌木が揺れた刹那にその背後から一斉に水鳥が飛び立った。空の青いキャンパスには絵筆から跳ねたような無数の白い点が散る。
工事責任者のニハル・ランジスが固い椅子に浅く座り、机に両足を放り出し、瓶の中の午後の日差しに反射する琥珀色の液体を啜っている。僕は今夜、彼の工事現場の宿舎に泊まる。施設の横には美しい湖があり、内戦中は堤防が爆破され湖の水が流れ出てしまったので、現在は大規模な堤防の修復作業をしている。堤防の修復作業だけではなく乾いた村々へ水を送るための灌漑工事も同時に行われる。
「二億ルピーの事業です」
ニハルは飲みかけの琥珀を陽にかざし、その半裸の厚い胸板の体躯をゆらしながらゆっくりと椅子から立ち上がると言った。
「行きますか」
今日が暮れ行く前の涼し気な時にこの広大なトッピガラエリアをジープで走るのだ。ニハルがジープに乗り込み、僕は助手席のシートに身を沈めると早速、灌木地の中を出発した。トッピガラエリアの中の道は整備されておらず、舗装地はないのだが、真っすぐな道が多く、凹凸は少ないので想像以上に走りやすい。ジープがときおり置いてある爆破で焼けた車両の山のそばを抜け、いくつもの灌木林を抜けると左手の夕暮れの霞の中に、浮遊する城のような台形の山が見えてくる。ニハルが正面を見据えハンドルを握りながら静かな声で言う。
「あのシーギリアのような大きな台地は、数年前までLTTEの訓練場だったところです。今ではスリランカ軍の訓練場になっています」
灌木の中の台地はあの有名な暴君の象徴としてのシーギリア・ロックに似ていて、今はLTTEの象徴の場所になっている。政府軍側から見ればテロリストで、タミル側から見れば勇敢な戦士だ。その証拠にタミルの村に入るといたるところにチェゲバラのポスターが張られており、それを村人はLTTEに重ねて長い夢を見ていたのだ。サバンナの灌木林の中の長い道を砂埃を巻き上げながらジープは進む。砂埃の中、右手の高台に鉄条網で覆われた無骨な施設が見えてくる。
「あれはLTTEのメイン・キャンプがあった場所です。スリランカで最も大きな訓練場の一つでした。今はスリランカ軍が使っています」
軍の施設の脇をジープは通り過ぎると、赤い黄昏が地平線を燃やし始め、灌木林の影は次第に色を濃くし、空は琥珀色に焼け始める。宿舎近くの湖もまた、闇に包まれるまでのひと時は静かに美しく赤く染め上がる。しばらくするとトッピガラの闇は足音さえないままにそっと地上に降りてくる。形あるものはすべて闇の触手に侵されていき、その深い漆黒はあらゆる物と気配を消し去る。
そして夜が来た。
静かな闇にくるまれながら、ときおりサバンナの中で哭く獣たちが、黄色い月に向って吠える時、
宿舎の中では夕食が黙々と土釜の上で作られていく。地の果てでの隠遁生活者たちは、シンプルだが力強い料理を作り上げていく。そしてテーブルの上の砂を払いのけると、そこに料理が並べられていく。スリランカのカレーの中に焼けた肉の匂いがする。僕はそれを一つ摘み上げ口に放り込むと、ニハルがにやりと笑いながら言う。
「鹿の肉です」
僕が言う。
「これは薫製ですね。肉はなんであれ久しぶりのタンパク源は大歓迎です」
僕が固いそれらを咀嚼して飲み込むと、ニハルはテーブルの向こう側で琥珀色の液体が入った瓶を床に転がし、小さな寝息をたて始めた。
低木地帯の道を行き、寂しい荒涼とした場所にぽつんと小さな小さな駅が見えた。その駅の脇を側道が踏切を渡り、そこを小さな荷台に僕を乗せてトラックは進んでいく。目の前の寂しい場所にスリランカ軍の検問所が見えてくる。ここから先は軍の許可がないと入れない。その場所の名前はトッピガラ。さきの内戦ではスリランカ一の激烈な戦闘が繰り広げられた場所だ。検問所を通り過ぎるとより静かなる灌木地帯が続き、その中にひび割れた土壁の上にトタンの屋根をまとった貧しい家々が点在しているのが見えた。彼らは内戦で辛うじて生き残った村人で、トッピガラ内の村落は丸ごと破壊されてしまったので、国連UNHCRや世界中のNGO団体の寄付により建てられた家々だと言う事話を聞く。すでにこの地区の地雷除去も終わり、やっと村人は平静さを取り戻したかのように見える。今はインドを中心に世界からぞくぞくと難民がスリランカに帰って来ている。元LTTE(タミル・イーラム解放の虎)幹部の職業訓練もこの東部地区で行われているようだ。その一方でタミル人の難民への迫害の話も外国の新聞ルートで聞こえてくる。今年の6月にはスリランカからオーストラリアへ向けて航海中の200人程のスリランカ人を乗せた難民船が転覆している。戻ってくる難民もあり出て行く難民もある。内戦後のスリランカは平静を装いつつも、まだまだいろいろな問題が見え隠れしている。そんな事を考えながらトラックの荷台に揺られていると、目の前が突然開け青く美しい湖が飛び込んでくる。低木林を洗う風は湖上をも自身の手で優しく撫でつける。湖面にときおり立つさざなみは、その縁まで辿り着くと柔らかく砕ける。さざなみが止まると圧倒的な静けさが湖を包み込んだ。その沈黙の美は原始の声だ。時間はいつまでもいつまでも止まり続ける。湖の縁の灌木が揺れた刹那にその背後から一斉に水鳥が飛び立った。空の青いキャンパスには絵筆から跳ねたような無数の白い点が散る。
工事責任者のニハル・ランジスが固い椅子に浅く座り、机に両足を放り出し、瓶の中の午後の日差しに反射する琥珀色の液体を啜っている。僕は今夜、彼の工事現場の宿舎に泊まる。施設の横には美しい湖があり、内戦中は堤防が爆破され湖の水が流れ出てしまったので、現在は大規模な堤防の修復作業をしている。堤防の修復作業だけではなく乾いた村々へ水を送るための灌漑工事も同時に行われる。
「二億ルピーの事業です」
ニハルは飲みかけの琥珀を陽にかざし、その半裸の厚い胸板の体躯をゆらしながらゆっくりと椅子から立ち上がると言った。
「行きますか」
今日が暮れ行く前の涼し気な時にこの広大なトッピガラエリアをジープで走るのだ。ニハルがジープに乗り込み、僕は助手席のシートに身を沈めると早速、灌木地の中を出発した。トッピガラエリアの中の道は整備されておらず、舗装地はないのだが、真っすぐな道が多く、凹凸は少ないので想像以上に走りやすい。ジープがときおり置いてある爆破で焼けた車両の山のそばを抜け、いくつもの灌木林を抜けると左手の夕暮れの霞の中に、浮遊する城のような台形の山が見えてくる。ニハルが正面を見据えハンドルを握りながら静かな声で言う。
「あのシーギリアのような大きな台地は、数年前までLTTEの訓練場だったところです。今ではスリランカ軍の訓練場になっています」
灌木の中の台地はあの有名な暴君の象徴としてのシーギリア・ロックに似ていて、今はLTTEの象徴の場所になっている。政府軍側から見ればテロリストで、タミル側から見れば勇敢な戦士だ。その証拠にタミルの村に入るといたるところにチェゲバラのポスターが張られており、それを村人はLTTEに重ねて長い夢を見ていたのだ。サバンナの灌木林の中の長い道を砂埃を巻き上げながらジープは進む。砂埃の中、右手の高台に鉄条網で覆われた無骨な施設が見えてくる。
「あれはLTTEのメイン・キャンプがあった場所です。スリランカで最も大きな訓練場の一つでした。今はスリランカ軍が使っています」
軍の施設の脇をジープは通り過ぎると、赤い黄昏が地平線を燃やし始め、灌木林の影は次第に色を濃くし、空は琥珀色に焼け始める。宿舎近くの湖もまた、闇に包まれるまでのひと時は静かに美しく赤く染め上がる。しばらくするとトッピガラの闇は足音さえないままにそっと地上に降りてくる。形あるものはすべて闇の触手に侵されていき、その深い漆黒はあらゆる物と気配を消し去る。
そして夜が来た。
静かな闇にくるまれながら、ときおりサバンナの中で哭く獣たちが、黄色い月に向って吠える時、
宿舎の中では夕食が黙々と土釜の上で作られていく。地の果てでの隠遁生活者たちは、シンプルだが力強い料理を作り上げていく。そしてテーブルの上の砂を払いのけると、そこに料理が並べられていく。スリランカのカレーの中に焼けた肉の匂いがする。僕はそれを一つ摘み上げ口に放り込むと、ニハルがにやりと笑いながら言う。
「鹿の肉です」
僕が言う。
「これは薫製ですね。肉はなんであれ久しぶりのタンパク源は大歓迎です」
僕が固いそれらを咀嚼して飲み込むと、ニハルはテーブルの向こう側で琥珀色の液体が入った瓶を床に転がし、小さな寝息をたて始めた。
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