Monday, 3 November 2014

43.マナリ行きと世界のロングトレイル。

朝の4時半、僕はマナリ行きのおんぼろバスに飛び乗った。 ラダックはスリナガルの大洪水の影響で、ずっとインターネット回線の不通が続いている。明日は大丈夫だ、明日には開通するとのラダックの人々や僕たちの願いも虚しく、回線が途切れた状態の、山の孤島的状況となってから数週間が経つ。9月の2日から6日の間、ジャンムー&カシミール州のスリナガルからジャンムーにかけては暴れる海のような雨が降り、300人以上の死者と多数の行方不明者、...

Tuesday, 30 September 2014

「セヴァンの地球のなおし方」上映会

いわくらシネマ代表の本城です。 2014年10月19日(日)に「セヴァンの地球のなおし方」上映会があります。是非皆様のご参加をお待ちしております。 「どうやってなおすかわからないものを、壊し続けるのはもうやめてください」。1992年、リオデジャネイロで開催された地球サミットで、12歳の少女、セヴァン・スズキは大人たちに環境破壊を止めるよう訴えかけた。 その伝説のスピーチから、来年で20年。もうすぐ母親となるセ...

Wednesday, 17 September 2014

42.Workshop on glacier hazard in Stok village, Ladakh on 10th September 2014

満月の光が怪しく漂う雲とストク全体を照らしていたポーヤデイ(フルムーン・デイ)のあくる朝、にゃむしゃんの館でとあるワークショップが行われた。それは氷河による災害に関するワークショップで新潟大学の教授、奈良間氏による監修の元で開かれた。彼は教授というよりも登山家のアスリート然とした風貌の持ち主で、中央アジアを中心とした様々な山の氷河湖を調査しており、とても熱く山について語る横顔はまさしく山の男そのものであった。 ワ...

41.にゃむしゃんの館。

にゃむしゃんの館。ストクの村のさらに奥、ストク・カングリへのトレッキング・ポイントの拠点となる場所にその素敵なゲスト・ハウスはある。日干し煉瓦壁に埋め込まれている古い木製の扉の上には暖かな文字でNEO LADAKH にゃむしゃんの館と書かれている。そんな扉を潜り抜けると目の前にラダックの伝統的な作りをした大きな家が古き良きライフスタイルを主張するかのごとくデンと建ってる。日干し土煉瓦で作られているその家の肌は、ラダックの目も眩むような...

40.チクタン村とスイス・ツーリスト・キャラバン。

いつになく暖かいチクタンの朝の起きがけに、朝日が光のカーテンを干している屋上で、 Paul AusterのAuggie Wren's Christmas Storyを読んでいると、盲目のおばあさんがAuggieを抱き締めるくだりに来たところで、ジャファリ・アリの数十フィートほど先のフィールドから、僕を呼ぶ声が聞こえた。早速彼のところへ行ってみると 「今からキャラバン隊がくるので、この石積みの塀の幅をもっと広げて車がフィールドへ入ってこ...

Monday, 1 September 2014

39.ゲストハウスの2階を作る。

チクタン村で僕はゲストハウスの2階部分を作っている。今回雇った大工さんは5名。みんなネパールからの労働者だ。まずは土干し煉瓦から作っていかなくてはならない。土をいろいろな場所から集めてくるところから始める。土は敷地の縁の部分を深く堀りそこから取ってきたり、段々畑の一部を崩してそこから取ってきたり、近くの川原から運んできたりする。もちろんそんな土は小石が混ざっているので除去しなければならない。手で除去をするとあっという間に年が暮れてしま...

38.チクタン村とランドセル。

チクタン村の晩夏が薫るある朝、水路に沿って忍び足で歩く二つのふわふわとした固まりがある。その一つが家の影から頭を覗かせている。その光る瞳は用心深く左右の様子をうかがい、村の洗濯場の横の石階段を駆け降り、ぴたりと止まるとまた左右を確認する。そして忍び足から駆け足になり、水路の横を駆け抜けてゆく。猫である。昔からチクタン村に住み着いている少々痩せては...

37.スル谷のダムスナ村とパニカル村。

スル谷の至高の宝石ダムスナ村に到着する。ここは他のスル谷の村々とは違い、太陽に細かく乱反射する錦糸のような川がいくつも流れていて、どことなくザンスカールの匂いをまとった湿原地帯になっている。ヒマラヤの山々に囲まれた谷は徹底的に平らで、その馬や牛たちの楽園は、緑色をしたビロードの絨毯に覆われている。なにかに見られている感覚がしたのでふと見上げると、谷の遥か向こうには真っ白な衣を身にまとい天を貫くようなヌン・クン(7135m・7035m)...

36.スル谷へのドライブとツァングラ村。

そしてカーチェイスが始まった。僕の隣に座っている男はポンコツのマルチ・スズキを時速80キロまで加速すると、仲間のバンを右側から追い抜いた。そしてスピードを維持したままコーナーに突っ込んでいく。ミッション・ギアには一切触らずフットブレーキを目一杯踏んで減速し、車は大きくかつ不安定にそのお尻を左に滑らし、深いカーブを砂煙を上げながら運良く乗り切ると、再び時速80キロまで加速する。ここは標高4000メートル弱のガードレールもないナミカ・ラ(...

35.チクタン村の小麦の収穫と冬のラダックの話。

7月下旬から8月中旬にかけてのチクタン村は、小麦の収穫のシーズン真っ只中にある。黄金色に実り風に揺れる麦の穂たちは、村人の手によって刈り取られ、麦畑の隅に集められ、後は脱穀を待つばかりだ。そんなに古くない昔、殻竿などの脱穀器具で脱穀をしていたが、ラダックの殆どの場所では現在、エンジンを搭載した脱穀機で脱穀をしている。 ある日のとても早い朝、家のおかみさんは、軽快なリズムを奏でるパン職人のように、団子状に練った小麦粉を右手から左手、左...

34.チクタン・エリアのILP(インナー・ライン・パーミット)の話。

「ツーリスト・エージェンシーで必要な書類を揃えてからまた来て。」 上司が居ないのをいいことに、肩に携帯電話を挟んで恋人と会話をしてる感じの、なんだかとても投げやりに仕事をしているような、そして何も分かってなさそうな、カルギル・ディストリク・オフィスのスタッフからこんな答えが戻ってきた。僕は今チクタン・エリアのインナー・ライン・パーミットを再び取るためにカルギルに来ている。という訳で今からカルギルのバザール内にあるツーリスト...

Friday, 8 August 2014

33.新聞のコラムと世界の悲劇について。

ある朝の喧騒の中にあるアパートメントの一室で、床に数日前の新聞を敷いて、熱々のミルクティーと炙りをいれたカシミールパンをちぎりなら食べていると、ある記事が目にと飛び込んできた。この新聞はGreater Kashimirという名のスリナガルでも有名な地方紙で、日付は八月二日付けの中ほどのページに掲載されていたあるコラムが僕の目を惹いた。 『ガザのパレスチナの人々のために協力してください...

Tuesday, 5 August 2014

32.アパートメント。

スリナガルのラルチョークと呼ばれるメンバザールの喧騒から逃れ、西に少しだけ歩くとカシミールの古きジェラム川が悠々と流れている。その川に沿って歩くいてゆくと、道沿いには、アイスクリーム売りの屋台、果物売りの屋台、串焼き売りの屋台。搾りたてのジュース売りの屋台。甘味処の屋台などいろいろな屋台が並ぶ。僕は昨日、生ぬるく白いそうめんのような麺と少しとろりとしたアイスクリームが入っている容器に、不思議な汁を手桶からざばっとかけたものを食べたのだ...

Sunday, 3 August 2014

31.空の下のイルファン(後編)。

イルファンとクルスンは月が煌々と照らしている田園風景の中の道を歩いている。虫たちが鳴き合う声だけが聞こえる以外はとても静かな夜だ。二人は途中の大きな木立の下で休む。病院から持ち出して来たお菓子を取り出して二人で分け合う。その時白くて薄汚れている一匹の子犬が用心深げに近づいてきた。 「お前も親なし家なしか。」 そう言うとイルファンはお菓子を分け与えてあげる。子犬は尻尾を振りながら一目散にお菓子にかぶりつく。ささやかな夕食後二人はそこ...

30.空の下のイルファン(前編)。

スリナガルは日曜日にはほとんどの店が閉まるのだが、しかしメインストリートでは、毎週大規模なフリーマーケットが開催される。生活に必要な物は大体出品されているが、中でも衣類が多く、そのほとんどは中古だ。それはパキスタン製だったり、中国製だったり、中東諸国からの物であったりする。そして各ブースを多くの人たちが取り巻き、商品を手にとって品定めをしている。 その人混みの中に混じって歩いている一人の少年が見える。彼の年は十歳ほどで、服は何日も洗...

Thursday, 24 July 2014

Monday, 21 July 2014

28.スリナガルにて。

僕はある用事でスリナガルに来ている。ついでなのでこのスリナガルについて少し語ろうかと思う。スリナガルはインドがイギリスの植民地だった頃より、イギリス人たちの避暑地としてその名を轟かせており、今でもカシミーリの間ではインドの中の天国と呼ぶ者は多い。1947年にインドがイギリスから独立を勝ち取った後も、1980年代までは諸外国からの観光客が数多く、避暑地としてのこの地を訪れていて、東洋のスイスと呼ばれていたのはあまりにも有名な話だ。199...

27.ヘミス・フェスティバルとゴツァン・ゴンパ。

また僕はダンマ・ハウスに滞在しているわけだが、この七月の初旬はチョグラムサルでのダライ・ラマによるカラーチャクラ・ティーチングがあるので、ダンマ・ハウスは外国人観光客と外国籍のお坊さんとであふれていた。そこで一番親しくなったのは、イスラエル人のロイで、彼は壊れやすく繊細な心の持ち主のとても優しい男なので、かの国では生き難いのではないかと心配になったりする。よく彼がダンマ・ハウスのテラスに座り、ギターを抱え、ボサノバを爪弾いている姿を良...

26.スクルブチャン・ゴンパ。

アチナタン村出身のダンマ・フレンドの計らいで、僕はスクルブチャン・ゴンパに行くことになった。オンボロバスはレーの街を出発するとレー・スリナガル・ハイウェイをひたすら走る。途中の分岐点でハイウェイは橋を渡るとラマユル方面へ、橋を渡らずにインダス川沿いに進むとダー・ハヌー方面に出る。バスは橋を渡らずにダー・ハヌー方面へ行く途中にあるスクルブチャン・ゴンパに向かう。左側にインダス川を見ながら徐々に標高を下げていく。インダス川沿いの狭い土地の...

25.ザンスカール・パドゥムでのダライ・ラマによるティーチングとその他のエピソード。

開門された朝のポタン・ゴンパには、すでにたくさんの人が集まっていた。外国人用のスペースには昨日よりも多い50人ほどが来ており、その中には日本人が4人と、高い占有率を占めていた。そして今度新たに知り合いになった日本人は、しんのすけ君といい、明治大学を一年休学して、沢木耕太郎の深夜特急さながらのルートをたどり、日本からポルトガルまでを陸路での走破の途中だという事だ。もちろん彼のバックパックの中にはその深夜特急が全巻入っている。 ...

24.ザンスカール・パドゥムでのダライ・ラマのティーチング一日目。

さて朝の五時にもぞもぞと起き出すと、パドゥムのアパートの部屋の同居人たちももぞもぞし始める。その部屋は平時ならアクショー村から出てきて学校に通う子供たちの住まいになっているのだが、今日ははれてダライ・ラマのティーチングということもあり、アクショー村からの村人が簡易宿としてこの狭い部屋を使っている。毎日夕刻に戻ると違う顔ぶれがいて、お互い毎日が新しい仲間なので、これもまた楽しいのである。外の薄闇の中で顔を洗い、歯を磨き、体を濡れタオルで...

23.ザンスカールのドルジェゾン・ゴンパとパドゥムの王宮。

谷を挟んで東側がカルシャ・ゴンパ、西側がドルジェゾン・ゴンパになり、このドルジェゾン・ゴンパというのは、ナン・ゴンパ(尼僧のゴンパ)のことで、僕たちはそこに向かう。カルシャ・ゴンパの裏手に回り込み、西へ続く小道を少し入っていくと、すぐに谷が見えてくる。谷はザンスカールでは中規模の大きさで、かといって浅い訳ではなく、そこにはヒマラヤの山から運ばれてきた清流が横たわっている。対岸のドルジェゾン・ゴンパは山の中腹にあり、そこに向かって山のす...

22.ザンスカールのカルシャ・ゴンパ。

僕とスナフキンさんとタンチョス僧侶は車道を歩いている。道はだだっ広いパドゥムの平原を横切って遥か彼方の対岸のカルシャ・ゴンパへと続いている。もちろんこの平原の上に対角線などというものがあるとすれば、その先っちょのパドゥムの町から反対側の先っちょのカルシャ・ゴンパまでは歩いても歩いても今日中にたどり着くのはきっと難しい。しかし僕たちは無言で歩いている。いい風が吹いている。どうにかなりそうなそんな予感はする。対角線の半分近くまできただろう...

21.ザンスカールのパドゥム。

僕とタンチョス僧侶はパドゥムに向かう。途中のトゥングリ・ゴンパ(ナンゴンパ)のある村を抜けると、とても広い平原が目の前に現れる。どうやらパドゥムに入ったようだ。その平原の広さは尋常でなく、ザンスカール自体はとても広い谷が多いのだが、それでもヒマラヤの山々に囲まれたこのラダックでは毛色の違う土地の形状をしている。とても高い場所にある原っぱなのに、目立った凹凸はなくとても平たく広い。言ってみれば山々の間の宇宙のよう広い空間に緑のペルシャじ...

Wednesday, 16 July 2014

20.ザンスカールのゾンクル・ゴンパとスキャガン・ゴンパ。

僕とノルブ兄はゾンクル・ゴンパのあるトクタ村まで、トラックの荷台に揺られながら走っている。この時点で肝心のノルブ本人から連絡があり、チリン村からストクまでのトレッキング・ガイドの仕事が入ってしまい、今回はザンスカールまで来れないということだ。僕は少し頼りないがお兄さんと行動を共にすることとなった。いつしかトクタ村に到着し、僕らはトラックを降り、そのあたりを一望してみる。ほんの少し丸みを帯びた大地に高山植物が群生しており、そのところどこ...

19.ザンスカールのアクショー村。

とある村の朝は深い靄に包まれていた。僕たちは再びバスに乗り込むと、さっそく出発した。バスは荒涼とした不毛をひたすら進む。右手に大きな氷河が見えてくる。その氷河の名前はドラン・ドゥルン氷河。ザンスカールではもちろん一番大きな氷河だし、ラダックでも一番大きな氷河とされている。山あいにそれは大きくうねりながらへばりついているようで、氷河自体の重みでそれは少しず生きてうごいている。氷河を通りすぎると、小さな湖がいくつも見え、とても標高が高い...

Tuesday, 15 July 2014

18.ザンスカールへ。

今、僕は公営バスに揺られてザンスカールへ向かっている。ダンマフレンドのノルブの計らいでザンスカール行きが実現したのだ。レーのオールド・バス・スタンドで750ルピーを払い、バッグパック類は屋根に載せてこのオンボロバスに乗り込んだのだ。朝五時半に出発したバスの右前の座席には日本人らしき旅行者も乗り込んでいる。今回のザンスカール行きの最大の目的は、カラーチャクラの前夜祭としてパドゥムで行われることとなったダライ・ラマによるティーチングに参加...

17.ザンスカール・リバー・ラフティング。

ダンマハウス・サマーキャンプも終盤に入り、ある朝再び生徒たちは教室の外に呼び出される。そして生徒たちはそこで今からザンスカール・リバー・ラフティングに行くことをヴィヴェックから告げられる。振り向くとあのオンボロバスがすでに停まっており、生徒たちは身支度を整えると早速そのバスに乗り込む。バスはストクを出発するとインダス川沿いをひたすら北上する。空港を通りすぎると左手にスピトク・ゴンパが見えてくる。このゴンパはこのレー・スリナガル・ハイウ...

16.チェムデイ・ゴンパとスタクナ・ゴンパ。

ダンマハウス・サマーキャンプも中盤に入り、タイトに組み込まれたプログラムに従って日々は過ぎていくが、その斬新な内容は決して退屈するものではなく、日本では経験することがまずないものばかりなので、面白いし、興味深いし、楽しいし、嬉しいし、気持ちはいいし、大変ためになる事ばかりの毎日が過ぎてゆく。そんなある日の朝、ダンマハウスに一台のオンボロバスが乗り込んできた。生徒たちはバスに乗るように促され、その中で今からゴンパを巡るスタディ・ツアーに...

15.ストク・ベースキャンプ・トレイル2。

山小屋を出発して再び僕たちは歩き始める。峠と谷をくりかえし奏でるこのトレイル・コースは止むことのない交響曲のようにも感じてくる。とある峠を越えると面前の谷から冷気が吹き込み、真っ白な雪が川沿いを覆っている。コースは谷に降りていくように続いており、いつしかそのコースも雪に飲み込まれていく。雪上を歩くと雪はさくさくと音をたてつつ靴はその重みで沈んでいき、時おり雪上に現れる亀裂は浅いクレパスである。雪面の端は薄くて脆く踏み抜くと川面に転落す...
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